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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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赤白ボーダーの変人さん

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 9月の終わり、雨上がりの街を充季(みつき)は大きなケースを下げて歩く。

 繁華街の大通りにあふれる人々は皆、赤と白のボーダーシャツを着て、「ニッポン! ニッポン!」と叫び声を上げていた。


               ***


 前期・期末試験のテスト勉強期間に入ってすぐ、楽器をメンテナンスに出そうとひとりで心斎橋までやってきた。試験が終わるまでは部活動が停止になり、明ければ年度末のコンサートに向けて本格的な練習が始まる。丁寧にリペアしてもらうなら今しかないと思って高校から楽器を運んできた。

 この界隈には何件もの楽器店が軒を連ね、楽器ごとに行きつけの店がある。バリトンサックスを吹く充季の行き先は、MAKI楽器の管楽器専門店だ。

 長さ120センチ、重さ12キロもある真っ黒のハードケースをひいひい言いながら担ぐ。エレベーターに乗ろうにも、高校生の自分は冷ややかな目で見られることが多いので必死になって地下鉄の階段を登る。

 土曜で行楽シーズンということもあるが、それにしても人が多い。浮き足立った様子でふざけあっている学生や、目のやり場に困るほど腕を絡ませていちゃついているカップル、スマートフォンの画面を熱心に見つめて右に左に歩くおじさん、みんなどこか浮かれている。

 あまりの重さに「邪魔だよ!」と叫びたくなる気持ちを押さえて、黙々と駅の構内を歩く。

 地下のコンコースを抜けてようやく地上に出れたかと思うと、アーケードの下に恐ろしいほど人がひしめきあっていた。

 何度か歩いた心斎橋の商店街に熱気と狂喜が渦巻いている。赤や白のシャツを来ている人たちの中に、なぜか魔女の服装やロボットの格好、ゾンビのマスクを被った人の姿があって、1ヶ月も早いハロウィンの仮装行列に遭遇してしまったのかと考える。

 みな同じ方角に歩いて行くのを呆然と眺めながら携帯電話を取り出した。9月28日、時刻は16時10分になろうとしている。

 このままでは17時の予約に間に合わないと焦り、無理やり人混みの中に突っ込んでいった。大通りの左右に軒を連ねているはずの商店の戸口が全く見えない。それどころか進行方向も完全に人の背中で埋め尽くされ、地上から遥か高いところにある看板を頼りにしながら黒いケースを担いでいく。

 人々の多くは赤と白のボーダーTシャツを着ている。男も女も老いも若いも一緒になって「ニッポン! ニッポン!」と叫び、時おりタイミングを取ったかのように「ウォオオオオオオ!」と地鳴りのような叫び声を上げる。そのたびに充季は身を縮めて空いている手で耳を塞ぐ。

 関東から引っ越してきて1年と半年になるが、天神祭りのときのような人の多さだ。おかしいのは人々の格好で、インフォメーションに目立ったイベントは記されていなかった。なぜこの人たちは同じような服を来て、狭苦しい商店街にひしめき合っているのだろう。

 アーケードの天井近くに見慣れた楽器店の看板を見つけ、充季は体と一緒にケースの向きを変えようとした。ここを渡りきればもう少しで楽器店につく。

 必死になってケースを縦に抱きかかえて方向転換し、人と人の間を進もうとする。けれど人々は粘土のように密着して、まったく隙間に入れさせてくれない。交差点が過ぎてしまう、急げ、進め。

 充季は無理やり密集している人だかりの中に体を押し込んだ。こんなところで訳の分からない行列に巻き込まれてたまるか。夕陽がアーケードに差し込み、人々の狂気に満ちた顔が赤く映し出される。

 その時、汗で手が滑り、握っていた持ち手が離れてしまった。慌てて反対の手で楽器ケースの端を押されるが、あれよあれよという間に黒いハードケースは人の波に飲まれてしまう。

「ちょっ……と、止まってよ!」

 必死の叫び声もむなしくかき消され、充季の体は反対側の流れに乗ってしまった。人と人の体に押されてケースがゆらゆらと動き、わずかに空いたスペースに倒れようとする。

 人の流れに押されながらがむしゃらに手を伸ばす。周りにいる人間を押しのけてケースに手を伸ばす、けれど、届かない――