ジャスティスへのレクイエム(第4部)
二人は、意気投合していて、お互いに尊敬しあっていた。女性同士で相手を尊敬しあえる関係というのは、なかなか存続できるものではないと思っていたマーガレットにとって、やはりマリアとの出会いは運命だったに違いない。
マリアも歴史に興味を持っていて、いつも歴史の話に花を咲かせていた。だが興味のある時代に共通性はなく、古代文明に興味があるマリアに対して、マーガレットは現代史に興味を持っている。それはそのまま二人の性格にも結びついているというべきか、幻想的なことが好きなマリアに対し、現実的なイメージが強いマーガレット、やはり誰が見てもしっかりして見えるのはマーガレットの方だろう。
「へえ、お父さんはあの軍司令官をされているシュルツさんなんですね?」
「ええ、そうなのよ。あまりお友達にお父さんのことは話さないようにしているんだけどね。相手がマリアだと何でも話せる気がするのよ」
「どうして、お父さんのことを話そうと思わないの?」
とマリアは純粋に聞いてきた。
マーガレットも普段なら、
――何を当たり前のことを聞いてくるのよ――
と思うのだろうが、マリアの透き通るような興味を持った目で見つめられると、金縛りに遭ったかのようになり、ついつい怒りがこみあげてくるようなことはなかった。
「お父さんの話をすると、まわりが私に気を遣うのよ。きっと腫れ物にでも触るような気持ちになるんでしょうね。余計なことを言わないようにしないといけないと感じるのかも知れないわ」
「それは分かるんだけど、そんなにシュルツ長官の威圧ってすごいのかしら?」
と、マリアは言った。
「えっ? そうじゃないの? 軍司令官というと、私の父親でもなければ、まるで雲の上の人って感じがして、その親族を相手にする時は、細心の注意を払わないといけないと思うんじゃないのかしら?」
とマーガレットがいうと、
「そうかしら? 私はマーガレットさんの考えが極端なんじゃないかって思うのよ。あなた自身が必要以上に父親を意識するから、まわりの目が気を遣っているように見えるんじゃないかしら?」
これも普通ならムッとくるような言われ方だが、相手がマリアだったら怒りが込み上げてくることはない。
「マリアに言われると、まさにその通りって思えてくるから不思議だわ」
とマーガレットがいうと、
「ふふふ」
と、マリアが含み笑いを見せる。
この関係は、マーガレットを知っている人が見ると、何とも異様に感じることだろう。
――あのマーガレットが、他人の話に従順になっている――
と感じるのだ。
マーガレットは自分の意見に絶対的な自信を持っているようにまわりは感じていた。それが男勝りなところを感じさせ、その背後に父親であるシュルツ長官が見え隠れしてくると、彼女の自信の裏付けは、それだけで証明されたかのように感じるのだろう。
「マリアって、本当に不思議よね。いったい、どういう人なのかしらね?」
とマーガレットも不思議だった。
実は、マリアは隣国の姫であり、当時皇太子だったチャールズの許嫁であった。そのため英才教育を兼ねて、大学はアクアフリーズ国で通わせることにした。自分が皇太子の許嫁であることはほとんど誰も知らない。大学の教授でも一部の人が知っているだけだった。
もちろん、その時のマーガレットもそんなことは知らない。自分が軍司令の娘に生まれたことに運命的な嫌気が指していたのを見て、マリアは冷静に、そして客観的にマーガレットを見ることができた。
マリアは、相手に対してもそうだが、自分に対しても冷静で、そして客観的に見ることができる。これはマリアの特技の一つであり、姫として小さい頃から英才教育を受けたうえで培ってきたものと、生まれついての性格から培われたものとが絶妙なバランスを持ってマリアの中に存在していた。だから、マリアは相手が誰であれ冷静になれるし、おとなしく見えていても、その芯の強さは、きっと誰にも負けなかっただろう。
そんなマリアは自分の冷静な目で、マーガレットが自分と同じ種類の人間であることを看過した。その予想はまんまと的中し、同じ歴史を学びながら、共通の話題に乏しく、さらには性格的に正反対なところがある二人を結びつけることになったのだ。
マーガレットは、絶えず自分が主導権を握っているように思っていたが、実際にはバランスがここも絶妙で、マリアに不快な思いをさせることはなかった。お互いに知らないことがあったとしても、知り尽くしていることが多すぎることで補っても余りある二人だった。
「マリアは、将来何をしようと思っているの?」
と何も知らないマーガレットはそう聞いた。
「そうね。まだ何とも言えないけど、マーガレットさんはどうするんですか?」
と聞き返してきた。
「私は、できればこの大学に残って、歴史の研究を続けたいわ。もっというと、軍事的なことにも興味があるので、そっちの研究もしたいわ」
「じゃあ、大学院に残るということ?」
「ええ、そしてゆくゆくは教授になって、何か名前の残るような研究をして、博士号なんか取れればいいわね」
というと、
「それは壮大な計画ね。私もすごいと思うわ」
マリアのその時の顔には、微塵も軽蔑の表情はなかった。絶えず興味を持っているかのような顔を正面に向けて接してくれるマーガレットに、今まで一度も軽蔑の意識を持ったことはなかった。
――今までに出会った女性の中で、マーガレットさんほど素直で、芯が強い女性はいないわ――
と、マリアに思わせた。
マリアはさすがに国王の娘、生まれながらに相手を全体的に見る癖がついているのか、細かいところを気にしないかわりに、すぐに開いての合否を結論付けるところがあった。だから、嫌いな人に対してはとことん相手をしないし、逆に気に入った相手に対してはしつこいくらいに付きまとうところがあった。
今まではそんなマリアを誰も咎める人もおらず、平気な表情で付き合ってくれた。だが母国にいる間、ずっと国王の娘であることを黙っていたが、中学に入学する頃から、
「まわりの人とどこかが違う」
と言われて、次第に自分のまわりから人が遠ざかっていくのを感じた。
この時の寂しさは今までになかったものであり、
――あの時の思いに比べれば、それ以降の感情の起伏は、大したことなんかないんだわ――
と感じさせた。
マリアが、英才教育のためとはいえ、外国に留学できたのはタイミング的にもちょうどよかった。あのまま母国にいたら、きっと引き籠ってしまい、王宮から出ることもなく、実際にそこかに嫁ぐにしても、婿を迎え入れるにしても、一悶着あったに違いない。
「姫の教育は、本当に難しい」
王家の執事は、王室と同様、ずっと世襲で賄ってきた。
マリア付きの執事は誠実な人で、マリアは彼を見ていると苛めたくなるところがあった。
――私ってサディスティックなところがあるのかしら?
と思った。
きつい命令をすればするほど、自分の中で快感に目覚める。しかも相手はきつい命令でも抗うことなく忠実に命令を実行している。
――これって異常な関係よね――
と感じ、その頃からマリアは、SMの本を読むようになった。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第4部) 作家名:森本晃次