ジャスティスへのレクイエム(第4部)
しかし、彼女には発想力が乏しく、そのせいで頭の中にニュートラルな部分を作り忘れてしまうのだ。国王は娘の姿を表面だけしか見ずに、親として、さらには国王としての意識から、完全な上から目線になってしまっていた。
だが、チャールズは違った。
マリアはいくら気が強いとはいえ、どうしても、
「井の中の蛙」
と同じで、自分の殻の中でしか、気の強さを発揮できないことを分かっていなかった。
それを感じたのは、やはり初めて他の国に赴いた時が最初だっただろう。チャールズ皇太子の下に嫁ぐことが決まって、実際に輿入れしてしまうと不安が気の強さを凌駕していた。
もし、チャールズが気の弱い男性であったら、マリアはどうだっただろう? チャールズは思っていたほど坊ちゃんの甘えん坊ではなく、芯のしっかりしたところがあった。
――自分だけが気が強いわけではないんだわ――
と思った時、自分の機の強さは虚勢であることに気付いた。
普通ならそこでさらに落ち込むのだろうが、元々の機の強さに芯が通っていたので、一度落ち込んでしまったことで自分がそれ以上の落ち込みようのないところまで行っていて、
――落ちるところまで落ちたのかしら?
と感じさせたことで、急に気が楽になったのだ。
マリアとしては、自分でも理解できない感情だったが、そのおかげで開き直りができたのかも知れない。自分だけが突出していることが本当の快感ではないことに初めて気付いたと言ってもいいだろう。
――自分だけが突出していることに快感を覚えるというのは、それだけそれ以外のことで自信がないということを裏付けていることになる――
と感じたのだ。
マリアにとって、アクアフリーズ王国の皇太子に嫁ぐことは、ずっと昔から決まっていたことだった。英才教育では妃としての品位を求められ、相手が決まってからは、相手を想定したうえでの英才教育が新たに始まった。
――教養と、経験――
それが英才教育の肝であった。
経験することは難しいが、環境をできるだけ整えることはできる。今までと変わってしまう環境に、いきなり飛び込もうとされてしまうと、不安が頭から離れずに、ホームシックにかかってしまうだろう。
まだまだ子供だということを考慮すれば、一人で知らない国に嫁ぐのだから、それも仕方のないことなのだろう。
マリアの母親は、おとなしい女性だった。
最初、国王は母親を見ているから、マリアがおとなしいのも母親に似たのだと思っていたようだが、実際には全然違っていた。
マリアの母親は性格的におとなしい人で、彼女は見た目とイメージが一致していたことで、一目見ただけで、
「この人はおとなしい女性だ」
と誰もが感じたことだろう。
しかし、マリアは違った。
マリアのおとなしそうな雰囲気を見て、
「彼女はおとなしい女性だ」
と感じるのは、半分がやっとだろう。
もし、おとなしい女性だとすれば、行動に矛盾が感じられるということを、男性なら気付くことだった。
意外と女性にはそれが分からない。一番分かっているとすれば、マーガレットであろう。
マーガレットは、同じように英才教育を受けていたが、見た目はまったく違う性格だった。同じ英才教育を一緒に受けていたとすれば、お互いに反発しあっていたか、あるいは競争相手としての意識を深める中で、ライバル視をしていたに違いない。
では、同じようにライバル視をお互いにしていたとすれば、その意識の強いのはどちらであろう?
もし、マーガレットであれば、それはマーガレットの目が節穴だということだろう。そしてもし逆にマリアの方であれば、マリアとすれば、自信過剰の身の程知らずだと言えなくもないに違いない。
どちらにしても、マリアとマーガレットでは育った環境も違えば、性格も違っていた。だが、そんな中で二人はうまくやっていた。その秘訣としては、
「私は、彼女になら気を遣わなくて済むから」
というのが、お互いの気持ちだった。
ただ、身分としては妃としてのマリアと、側室として入ることになるマーガレットでは上下の差がハッキリしている。だが、マリアはマーガレットに全幅の信頼をおいているし、マリアの方もマーガレットに対して自分よりも身分が上だという意識がさほどないことで、お互いに気を遣うことはないのだろう。
マーガレットがこのように男勝りでありながら、女性としての品格を持ったまま成長したのは、家系に原因があるのかも知れない。マーガレットの父親は誰あろう、シュルツであった。アクアフリーズ王国のナンバーツーとして君臨してきた軍部の最高長官であるシュルツの娘が側室というのは、きっと他の国から見ると、
「なんてもったいない」
と思われることだろう。
しかし、マーガレットは側室でこそ、その才能を発揮することができる。王妃に収まってしまうと、身動きが取れなくなる可能性があるからだ。
マーガレットは才女ではあるが、元々ここまでしっかりした女性ではなかった。父親がシュルツだということもあって、いつもまわりから少し遠慮された目で見られることがずっと嫌だった。
――私って、嫌われているのかも知れないわ――
十歳にも満たない女の子だったマーガレットは、その頃に母親を亡くしていた。
シュルツは、生涯妻はマーガレットの母親だけだった。マーガレットは、母親の思い出を大切にしていたが、父親が再婚することを別に嫌だと思っていたわけではない。
「お父さん、どうして再婚しないの?」
と一度聞いたことがあったが、その時のシュルツの何とも言えない表情に、マーガレットは何も言えなくなった。
まるで苦虫を噛み潰したような表情は、何でも即決で決めてきた父親が初めて見せた戸惑いのようなものが含まれていた。
マーガレットが再婚の話をしたのは、十三歳の頃だった。まだ幼さの残る女の子であったが、女性としての十三歳は、この時代の王国では成人に近い感覚だった。
女性は男性に比べて発育が早いと言われているが、結婚の年齢に制限はなかった。実際に王室では、国王がまだ十歳にも満たないのに、即位を見越して婚姻させることがあった。どこかの国の姫を娶ってくるのが一般的だったが、先代の頃から世界情勢が慌ただしくなり、外国から王妃を招き入れるという風習はなくなるのではないかと目されていた。
実際にはそんなことはなかったが、そんな情勢よりも先に、王制の滅亡を見ることになるとは、亡くなった先代も浮かばれないかも知れない。
マーガレットは、国際情勢に詳しかった。
学校でも歴史が好きで、父親が軍司令官をしている関係もあってか、軍に関しても興味があった。
女だてらに、
「学校を卒業したら、軍に志願しようかしら?」
と言っていたほどで、ただ、こんな話を父親に言えるはずもなく、実現はしないだろうと思っていた。
十五歳になる頃には、学校でも成績は優秀、主席で中学を卒業した。この国は、高校という制度はなく、いきなり大学か、専門学校に入ることになる。まず大学に入学し、歴史学を専攻し、勉学に励んでいた。
その時に知り合ったのが、将来一緒に行動することになる運命の相手であるマリアだった。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第4部) 作家名:森本晃次