ジャスティスへのレクイエム(第4部)
ただ、シュルツはいずれ時代は王政がなくなるという流れになってくるということは予見していた。そして、その時のための準備は着々と進めていた。ただ、その時期がシュルツが考えていたよりもほんの少し早かっただけのことだったのだ。
そのおかげで亡命もそれほど困難なことはなかった。ジョイコット国との間に受け入れの状況は整っていたのだが、これはあくまでも最悪のケースを考えてのことで、まさか本当に最悪のケースになるなど、シュルツは思ってもいなかった。
それだけ当時のアクアフリーズ国のクーデター政権は、音かな連中ばかりだったのだろうとシュルツは感じた。
まさか、模倣とまでは思っていなかったが、シュルツが考えていたよりも時期尚早だったのだ。
クーデターは考えよりも早ければ、それは愚かな考えであり、遅すぎるとチャンスを逸するというその連中には最初からクーデターを引き起こすだけの器ではなかったということになる。早い場合は、ただの音かな考えを持っているだけということになるが、遅い場合は、クーデターなどおこがましいほど立場をわきまえていない連中のあがきだとしか思えなかった。
シュルツは、早かったことで少し胸を撫で下ろした。
もし、早すぎたことで政権を握っても、漬け込む隙は十分にあると思っていたのだ。
さすがに旧態依然の状態に戻すことは不可能だと思っていたが、それができないにしても彼らを利用することはできると考えたのだ。
その考えが密約に繋がっている。シュルツの考えをすっかり分かっている外務大臣が交渉を引き受けてくれたことで、自分はもっと難航するであろうアレキサンダー国との交渉に入ることができる。
「いいか、アクアフリーズ国とアレキサンダー国と、同じタイミングで交渉に入ることが大切なんだ」
とシュルツがいうと、
「それはどういうことで?」
「アレキサンダー国にはアクアフリーズ国との間で交渉が行われていること、アクアフリーズ国にはアレキサンダー国と交渉が行われていることを知らしめてはいけないんだ。公表するまで黙っておかなければいけない。つまりは、公表する時には対象国とすでに最終段階の交渉に入っているか、それとも交渉を結んでいるかのどちらかでなければいけないんだ」
「なるほど」
「そして、それは戦争を行う時に、宣戦布告をしなくてもいいという国際条約が先の大戦の後に成立しただろう? あれと密接に関係があるんだ」
「それは、中立の問題からですか?」
「ああ、そうだ。アクアフリーズ国とアレキサンダー国は一見、関係のないように見えるが、それぞれ利害はいつも一致している。だが、それを表に出さないことで、時として一触即発になることがある。だが、それをどちらの国も意識していない。つまりは、それぞれの国の一触即発の瞬間を狙うと、この二国を戦争状態に入らせることができるんだ」
「この二国の戦争状態なんて考えにくいですけどね」
「そうなんだ。考えにくいんだ。だから、本当に戦争が起こると、考えられないことをするかも知れない。私はそれが怖いと思っている反面、我が国にとっては起死回生を狙うことができる場面ではないかとも思うんだ。かといってこの両国を戦争に引き入れることが危険なことに変わりはない。だから、私はアクアフリーズ国との間の密約を重視したいんだ」
と言って、シュルツは密約の内容を外務大臣に示した。
「まだ草案の段階なので、いずれ修正は必要になってくるだろうけどね」
と言って話をしたが、それを聞いて外務大臣は、
「ううむ」
と言って唸ってしまった。
「そういえば、かつて先の大戦中の軍人の方に、『世界最終戦争論』を唱えている人がいましたね」
「ああ、知っているよ。その説は宗教観から来ているものだったね。世界大戦が起こって、それぞれの国が消耗戦を繰り返す中、全世界が荒廃した中で、強大国の二国が最終戦争を起こすというものだろう? その勝者によって、世界は再建され、そこから先は恒久平和はやってくるというものだった」
「ええ、そうです。本当に宗教っぽい考えですが、戦争を宗教があっせんするというのもおかしなものですよね?」
「そんなことはないさ。この世で起こっている戦争のほとんどは、民族間紛争か、あるいは宗教戦争と呼ばれるものなんだからね。私は宗教というのはしょせん、人間が作り出したものに過ぎないと思っているんだ。だからいろいろな宗派が生まれる。宗派が生まれれば、そこから闘争が生まれるのも必然だからね」
とシュルツが言ったが、その言葉は外務大臣にとっては意外に聞こえた。
――シュルツ長官は、もっと宗教的な考えに陶酔している人だと思っていたけど、これは意外だった――
と感じた。
シュルツは、外務大臣にアクアフリーズ国へのアドバイスを行った。アクアフリーズ国の政府高官は、以前は自分の部下だった連中だ、考えていることは分かっている。
外務大臣にアクアフリーズ国を任せたのも、対人関係としても当然のことだった。シュルツよりも相手国の方が恐縮してしまい、条約どころではない。相手は、
――シュルツ長官にはこちらの手の内をすべて読まれてしまいそうだ――
と、交渉前からそう考えるに違いない。
「大丈夫ですか?」
シュルツが黙り込んで何かを考えていたので、外務大臣はそう声を掛けたが、
「ああ、大丈夫だ」
と答えたシュルツだったが、実はこの時、シュルツは身体的に病んでいることに本人も気付いていなかったのだ。
シュルツは、一つの仮説を立てていた。その仮説というのは、『世界最終戦争』を成功させられるかというものであった。彼はいつ頃からであろうか、それまで平和主義一辺倒であった考えから、
「この世の正義は唯一、戦いによって支配されるものである」
と考えるようになった。
彼が小型の核兵器を開発したのもそのためである。別に彼はこれを平和利用のために開発したわけではない。その理由にはいくつかあるが、彼がそこまで考えていたなどということに気付いていた人はいたのだろうか?
今の世の中で、核兵器というのは完全に使用しないことで平和を守るという、
「核の抑止力」
によって成り立っている。
それを平和という言葉で表すのであれば、平和というのは、本当に正義なのだろうか?
シュルツも、核の抑止力には疑問を感じながらも、それ以外に今の平和を確立することなどできるはずがないと思っている。
そんな核兵器は、大型であっても小型であっても、核は核。シュルツは核兵器を保有していることに変わりはないのだ。
その核兵器の存在を、まわりに隠しているということが普通なら解せないのではないだろうか。核兵器を抑止力と考えるならば、核兵器の存在はオープンでなければ、その存在意義はないだろう。
「今は隠しておいて、実際の戦闘で隠し玉として使うつもりなんだ」
と考えていたとしても、それはおかしいのではないだろうか。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第4部) 作家名:森本晃次