ジャスティスへのレクイエム(第4部)
チャーリア国側にジョイコット国がついてしまうと、アクアフリーズ国はきっとアレキサンダー国を味方に引き入れるに違いない。
「先の世界大戦は、それぞれの同盟国が複雑に絡み合ったことで世界大戦になったんだ。このままだと世界大戦になりかねない」
と、シュルツがいうと、
「それが分かっていて、どうして人間は同じことを繰り返すんでしょうね?」
と外務大臣がいうと、
「それは仕方がないさ。世界大戦の泥沼に嵌るかも知れないが、その前に自分の国が瞑れてしまっては、元も子もないからね。『国破れて山河あり』なんて言葉、国家のトップにとっては洒落にならないからね」
とシュルツが言った。
「このまま全面戦争になったら、完全に消耗戦になりますよ。我が国だけではなく、どっちが勝ったにしても、その後は国土は荒廃し、他の国から侵略されないとも限りません。今の世の中、どこも黙って何も言いませんが、解放された土地であれば、ハイエナのように群がってくるのは必至だと思うんです」
「君は、そんなに他の国が信用できないのかね?」
とシュルツに言われて少し黙り込んでしまった外務大臣だったが、
「長官はどうなんですか? 今の世界情勢を見て、皆黙りこくっているけど、淡々と何かを狙っているように感じませんか?」
とシュルツに訴えた。
「君の言いたいことは分かっている。しかし、それにしたって周りに流されて同じようにその波に乗り遅れてはいけないとばかりに他の国と同じことをしていては、まわりに飲み込まれるだけで、まったく時間を無駄に過ごしているだけだって思うんだ。きっと今の君の考えは、他の国でも感じていることじゃないかな? だから、どこかの国が滅亡したり、国土が焦土になったりすると、すかさずそこに殺到するかのように侵攻してくる国が結構あるんじゃないかな? そうなるとまた紛争が起こる。そう簡単に分割させてくれるほど、世界情勢は甘くないからね」
「シュルツ長官は、アクアフリーズ国と戦争になると思っているんですか?」
「ああ、もう避けられないところまで来ていると思う。君も外務大臣として、調停してくれる国を探して、結局見つからなかったんだろう? 普通ならもう最後通牒を出してもいいところまで来ているんじゃないか? 私は海上封鎖をしてもいいと思っているくらいだ」
と、シュルツは言った。
国際条約上、海上封鎖というのは、宣戦布告を意味している。
国際条約では、戦闘行為を開始するにあたって、必ずしも宣戦布告というのが行われなければいけない義務はないと規定している。宣戦布告に値する今回話に出た海上封鎖であったり、最後通牒、国交のある国であれば、大使館や公使館員の国外退去、宣戦布告の代わりにいろいろと考えられる。
また戦争において、宣戦布告を義務としない理由の一つに、戦略上、政策上の考えがあるのを国際的に広範囲に認めたと言えるかも知れない。
世界大戦の前は、宣戦布告は必ず行わなければいけないものと規定されていた。宣戦布告が戦争の抑止力になると考えられていたからである。
しかし実際には抑止力になることはなく、当たり前に戦争が起こってしまった。
宣戦布告の効力というのは、戦争を開始することを内外に知らしめることが目的である。当事国間に限って言えば、宣戦布告はさほど大きな意味はない。意味を持ってくるのは、戦争当事国と第三国の関係にあった。
宣戦布告が行われると、諸外国は戦争当事国に対して自分たちの姿勢を表明しなければいけない。
つまりは、A国につくのか、あるいはB国につくのか、同盟を結んでいればどちらかに就くのだろうが、その場合はすでに戦争当事国だったということである。しかし、軍事同盟を結んでいるわけではなく、経済援助だったり、兵器の輸出入を行っている関係であったり、戦争当事国にとっては切っても切り離せない国が存在している場合、その国が、
「我が国は、紛争にはまったく無関係なので、中立を宣言します」
と言ってしまうと、おおっぴらに戦争の援助を受けられなくなってしまう。
中立を宣言するということは、片方の国に対して贔屓できないということを意味しているので、戦争で困窮し、人民の困窮や難民問題に発展すれば手を差し伸べることができる程度である。
それはあくまでも人道的な問題というだけで、戦争に加担することは許されない。
では、それらの国に今まで通り援助を頼みたいとすればどうすればいいか、宣戦布告をしなければいい。宣戦布告さえしなければ、第三国が贔屓的に援助しても問題ないということになるからだ。
先の世界大戦では、宣戦布告を義務としていたため、第三国が中立を宣言すると、援助を断たれた国は、国家が疲弊してしまっていた。
ただ、その状態は相手国にも同じことが言えて、同じように国家が困窮していきながら、戦争を続けていたことになる。
つまりは、
「血を吐きながら続ける終わりのない拳闘」
と同じであった。
どちらかが倒れるまで続くのが戦争なのだが、宣戦布告を義務としていたために、対戦国との戦力も国家としての体力も完全に拮抗していた。その状態では終わりが来るわけもなく、結局どちらの国も滅亡の危機に瀕した状態で、戦闘不可能になり、休戦を迎えることになった。
そのため、ほとんどの国は人口が半分以下になり、国土は荒れ果ててしまっていた。『国破れて山河あり』などという言葉は、昔の古きよき時代の戦争のことであった。
宣戦布告を義務としないと定義したのはWPCだった。彼らが国際的に決めた条約、つまりは万国共通の条約にはいろいろな種類があるが、こと戦争に関しては理不尽に感じられるようなことも多い。
「かつての世界大戦での教訓が生きていないのだろうか?」
と思わせることも多く、この宣戦布告に対しての条約も、参加国から、
「何を考えてこんな条約を」
と言われ、反発を受けていた。
それでも多数決という民主主義の定義の元、過半数を上回る人が宣戦布告を廃棄させたのだ。きっと彼らには戦争への欲があり、その時に自分たちがいかに有利に進められるかということを考えてのことだろう。
相手がどの国になるかなど分かるはずもないのに、そんなに簡単に容認していいものなのかどうか、シュルツは疑問だった。
だが、さすがにシュルツといえど、WPC参加国すべてに影響力を持つことはできるはずもない。
特にチャーリア国の存在意義については賛否両論あり、シュルツのことをあまりよく思っていない国家も少なくなかった。
そんな国のほとんどは、アレキサンダー国と国交を結んでいる。アレキサンダー国はここ十年ほどで大国としての地位を確立していて、かつてのグレートバリア国がどうしてもなれなかった大国と呼ばれる地位にアレキサンダー国はのし上がったのだ。
そのおかげで、アレキサンダー国に共鳴する国家も少なくはなく、一時期、軍事クーデターが横行していた。何を隠そう、アクアフリーズ国で起こった軍事クーデターも、彼らを模倣したにすぎなかった。
「まさか、そんな単純な理由で我々の王政が崩されたなんて」
と、シュルツはそれを聞いた時、少しショックだった。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第4部) 作家名:森本晃次