ジャスティスへのレクイエム(第4部)
なぜなら、他の通常兵器であれば隠し玉にしておいても何も言われないだろう。しかし核兵器は使用しただけで非難の対象になる。確かに相手を殲滅することはできるかも知れないし、それ以上に戦意を喪失させることに絶大な効果を示すだろう。しかし、世間からの風当たりは強いものとなり、挽回不可能になる可能性もある。それだけに核兵器というのは、
「使わないことが必須であり、抑止力として以外に使い道はない」
と言えるものだったはずだ。
それをひた隠しに隠しているというのは解せない。
密約を結ぶ際も、
「核兵器の存在を決して相手に悟られないようにするんだぞ」
というのが、シュルツ長官の絶対命令だった。
「了解しました」
と、外務大臣は言ったが、言いながら、
――どうしてなんだ?
と頭を傾げていた。
シュルツ長官は、時々自分たちには理解不能の考えを占示すことがあるが、結局最後には間違っていなかったことを、結果が証明していた。だから、外務大臣以外でも、シュルツ長官の考え方に逆らうという考えを持っている人はいないのだ。
アレキサンダー国も、アクアフリーズ国も、チャーリア国が核兵器を保持していることは知っている。シュルツも知られていることは認識していたはずだ。だからこそ、敢えて交渉に核兵器を用いることはできない。なぜなら用いてしまったら、高圧的な外交になってしまい、脅迫になるだろう。脅迫が悪いというわけではないが、脅迫してしまうことで相手が心を開いて話をしなくなると、交渉は一方的になる。どうしても交渉を成功させるという事実だけを示したいのであれば、脅迫も仕方のないことだろう。だが。それは時間稼ぎにしかすぎず、本当の外交という意味ではたとえ条約が結ばれたとしても、成功とは言えないのではないだろうか。
アレキサンダー国も、アクアフリーズ国も、今はシュルツ長官を敵対視しているわけではない。今の世の中のがんじがらめになってしまった抑止力に縛られている世界を解放してくれるのはシュルツだけだと思っているからだ。
確かに軍事クーデターは成功し、アレキサンダー国、新生アクアフリーズ国、そしてシュルツの国家であるチャーリア国、さらにはジョイコット国と、発展しながら、個性豊かな国家が形成されてきた。
「今の世の中は、次第に個性があったはずの国が、条約を結ぶことで相手に合わせようとしてしまって、どこも似たり寄ったりの国になってしまっているような気がします」
これを最初に感じたのは、アレキサンダー国の軍部の長官だった。
政治家の連中には気付かない。軍部の人間だから気付いたと言えるのではないだろうか。
密約が結ばれてから五年後、ジョイコット国がアクアフリーズ国に宣戦布告を行い、戦闘状態になった。
それをきっかけに、チャーリア国がアクアフリーズ国に、そして、アレキサンダー国がチャーリア国に宣戦布告を行った。
四か国での戦争だったが。それ以上の他の国や地域は参戦することはなかった、ほとんどの国は早々と中立を宣言し。それはまるで最初から戦争が始まることが分かっていて、中立を宣言することが決まっていたかのようだった。
「これはシュルツ長官との約束だからな」
と、中立を宣言した国は、皆そう思っている。
いつの間に他の国とそんな約束をしたのか、それがシュルツの手腕だった。
彼は別に各国に赴いたわけではなく、ほとんどが電話で済ませたことだった。
「もし、我がチャーリア国を巻き込む戦争があった時、貴国は中立を宣言してください」
と言った。
「どうしてですか?」
と聞くと、
「世界大戦にしたくないという思いと、たぶん四カ国での戦闘になると思います。この四か国は四つ巴の戦闘になると思うので、すぐには収束しないと思います。でも、それを打開するために、一つの秘策が打たれます。それは実に衝撃的なことなのですが、その時参戦や援助などをしていれば、貴国は世界から孤立する運命を辿りますよ」
と語った。
これが、抑止力になった。
どこの国も戦争には加担することなく、四カ国での戦争を静観していた。すべての国が中立を宣言したことで一番ビックリし、あてが外れたのがジョイコット国だった。先制攻撃の決断は、自分たちに賛同して一緒に戦ってくれる国を期待してのことだった。
そのためにジョイコット国はそれまでいろいろな国と交渉を続けてきた。密約も結んでいたが、密約だけに公にできないだけに、相手が一方的に破っても、糾弾する手段がなかった。そのことに気付かなかったジョイコット国は愚かであるが、それ以上にシュルツの計画は、ずっと前から入念に練られていたということである。
チャーリア国は、これまでひた隠しに隠してきた核兵器を、この時とばかりに使った、戦闘はチャーリア国の優勢で戦局もチャーリア国有利に見えてきたが、国際社会での評判はすこぶる悪くなり、戦争を終えた後での交渉は、相当厳しいものとなった。
「やはりシュルツ長官がいないと我が国はダメなんだ」
シュルツ長官は、二年前に他界していた。
「二年後に、私の遺書を公開してくれ」
と言って、息を引き取ったのだが、その中の遺書に示されたのが、今回の戦闘の予言だった。
もし、戦闘状態になれば、
「核兵器を使って、世界に一石を投じてほしい」
と書いてあった。
シュルツは、世界最終戦争論のことも書いていたが、それはやはり絵に描いた餅のようなものだと表現している。
核兵器を使うことで一時期はチャーリア国に非難が浴びせられるが、それによって、いかに核の抑止力が脆いものであるかということを世間に知らしめることができる。
「私が死んでから何年かすれば、小さな核兵器が、各国の保有する核兵器の処分に役立つ発明がなされているかも知れない」
と書かれていた。
シュルツが小型の核兵器を開発したのは、別にそれを使用することが目的でもなく、最後までひた隠しに隠しておくことが目的でもない。
「いかにセンセーショナルな登場を演出できるか?」
というのが、シュルツの狙いだった。
このセンセーショナルな登場は、シュルツの提唱していた世界最終戦争に変わる考え方で、二大大国が、実際の各国で保有されている大型の核兵器で、もう一つが開発された小型の核兵器であった。
その間に他のものを介在させてはいけない。そのため、他の国を巻き込むことはしなかったのだ。
他の国も、
「これを私の遺言として聞いてくれ」
と言われれば、シュルツを尊敬している人が多いこともあって、彼の説得に応じたのも頷けるというものだ。
「平和というものが戦争によって成り立たないとどうして言えるのか? この世は戦争から始まったと言っても過言ではない。戦争というものから逃げていては、何も解決しないのではないか?」
というのがシュルツの考え方だった。
休戦状態の国は、すべてに武装解除し、世界平和が訪れた。
それをもたらしたシュルツはもうこの世の人ではないが、この平和がいつまで続くのか誰が知っているというのだろう。
「この世の正義は唯一、戦いによって支配されるものである」
と今でもシュルツの墓前には、その言葉が飾られていた……。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第4部) 作家名:森本晃次