ジャスティスへのレクイエム(第4部)
「我が国も正直、ジョイコット国には打算的な考えがありました。もし、打算的な考えがジョイコット国にではなく、アクアフリーズ国に対して持っていたのだとすると、私はチャーリア国の方に、休戦協定を拒否する理由はないと思っているんですよ」
「じゃあ、アクアフリーズ国が打算的なものを持っていたのはチャーリア国にではなく、ジョイコット国に対してだと言われるんですか?」
「ええ、そうです」
「だとしたら、どうしてここでジョイコット国が関わってくるんです? ジョイコット国になど休戦条約を任せずにWPCにしておけば、こんなことにはならなかったのではないですか?」
「それはあくまで結果論です。WPCにしていれば、休戦条約は締結していたかも知れない。でも、その時得られた平和は、まるで絵に描いた餅のように、いつどちらに転んでも仕方のないような軟弱なものに感じられてしまうんです」
「それにしても、どこでどのようにジョイコット国が絡んできたんでしょうね?」
「多分ですが、ジョイコット国の方から、アポイントがあったのかも知れませんね。『第三国を探しているのだったら、我々が仲裁に入りますよ』とかなんとかいって、この話に入り込んできたんじゃないかって思うんです」
「その理由は?」
「ハッキリとは分かりませんが、彼らの狙い通りに最終的には決したのではないかと思うんです。つまり休戦協定をハッキリと結んでいないことで、ジョイコット国は利益を得るというようなですね」
「武器の供給でもあったんでしょかね?」
「いえ、それはないと思います。それよりも国際社会の中で、ジョイコット国の立場を確固たるものにできればと考えていたのかも知れませんね」
「じゃあ、ジョイコット国が仲裁に入って、二つの国が休戦を結べばジョイコット国の株が上がるとでも?」
「いいえ、それはないと思うんですよね。もし両国が休戦したとしても、ジョイコット国が表に出てくることはない。そう考えると別の仮説も生まれてくるんですよ」
「というと?」
「最初から、休戦協定は結ばれないようにしようという意図がジョイコット国にあったのではないかという考えですね」
「どうしてですか? 休戦が成立すれば、地域の平和が維持できて、ジョイコット国も安心できるんじゃないかって思うんですけど」
「確かにその通りです。でも、この休戦は協定が結ばれたわけではないが、戦闘状態にはないという中途半端な状態を作り出しているわけです。このような中途半端な関係は、よほど天秤が綺麗に平行が保たれていて、均等な力が働いていなければ、いつ戦争になってもおかしくない状況でもあるんですよ。しかもその状態が長引けば長引くほど、お互いに戦争状態であることなど誰も気にしなくなってきますよね。狙いがあるとすればその時だと思うんですよ。その時のために、ジョイコット国は自分たちがこの和平に関わった第三国であるということは伏せておく必要がある。これは彼らがその時になって起こそうとしていることへの大義名分にも繋がることでしょうからね。その時が来たらジョイコット国がどのような宣言をするか、非常に興味のあるところではあります」
「うーん、ジョイコット国は何を考えているんだろう?」
と全権大使に聞かれて、
「私にも分かりませんが、休戦が途切れたからと言って、いきなりの軍事行動に出るとは思えません。そう思うと、何が災いして何が幸いするのか、他人事のような目で見ている方が分かってくるのではないかとも思えます」
「アレキサンダー国が何か関係していたりしませんか?」
と全権大使は言った。
その言葉にその日初めてと言っていいほど、外務大臣は反応を示した。その雰囲気は明らかに驚いていた様子だったが、普段は冷静沈着な外務大臣、他の人であれば、その変化を見逃してしまうところではないだろうか。この日は、他の人が見ても、明らかに変化したことが分かるほど大げさだった。
「アレキサンダー国というのは私も考えました」
と外務大臣は言ったが、それは嘘である。
初めて気付いたように相手に思わせる結果になったが、一番いい結果になった。相手から見て、大げさに見えるほどの驚きであれば、
「疑う余地のない」
という言葉が頭につくほど、彼のそれ以降の話にはすべて信憑性を感じたに違いない。
だが、これも彼一流の作戦であった。相手に自分の意図とは別の発想に導くための彼の常とう手段でもあった。
「アレキサンダー国が最初にこの紛争をたきつけたんですよね。だったら、休戦に何か支障があるのだとすれば、そこに介在しているのが当事国でもあるアレキサンダー国だと考えるのは別に無理もないことですよね」
と、全権大使は当たり前のことを淡々と話した。
それを聞いて外務大臣も納得したように聞いていたが、心の底では、
「何をいまさら」
と、鼻で笑うくらいの気持ちになっていた。
「アレキサンダー国が直接何かをそれぞれの国に対して示したことで、それぞれ自分たちの立場の中でアレキサンダー国に対して警戒すべきことが決まってきたんじゃないでしょうか? アクアフリーズ国としては彼らに対しての警戒と、そして我々チャーリア国としては、彼らに対して何か挑発的なことを示していたと思います。理由はそれぞれに立場が違うからここまで極端に違っても見えてこないのでしょうが、アレキサンダー国に対して示し合わせることへの利害関係は一致した。これが、お互いに休戦協定を結ばなかった最大の理由だと思うんです」
「つまりは、休戦協定を結んでしまうと、お互いに利害を一致させることができないということですか?」
「ええ、休戦状態を隠れ蓑にして、それぞれの利害を追求する。相手もこちらの真意をつかみ切れていないから、今まで見えていたことも見えなくなってくる。これが本当の休戦を拒否した理由ではないかと私は考えています」
「よく分かりました。でも、どうしてそこまでチャーリア国はアレキサンダー国を敵対するんです? 意識が半端ではないと思うんですが、何か因縁のようなものがあるんですか?」
「実はあの国には、以前から拉致問題というのがありまして、表立って問題にしてはいませんが、国家として秘密裏に調査を進めています」
「それは、信憑性の高い事実なんですか?」
「ええ、ほぼ間違いないと思います。チャーリア国は、ジョイコット国やアレキサンダー国のようなクーデター政権ではなく、クーデター政権に追い出されて、まったく新しい国家を建設した本当の意味での独立国家なので拉致が行われたとしても、確たる証拠がなければWPCに提訴もできません。もっとも、WPCに提訴しても解決するとは我々はまったく思っていません、気休め程度にしかならないのであれば、隠している方がマシだということです。結局利害の一致を最優先に考えたということになりましたね」
と、外務大臣は言った。
密約の効果は本当にあったのだろうか?
しばらくしてチャーリア国とアクアフリーズ国との間に小競り合いが始まった。そのうちにジョイコット国が絡んでくることで、全面戦争の危機に発展していた。
「このままだったら、泥沼の戦争に入らないとも限りません」
と外務大臣はシュルツに話した。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第4部) 作家名:森本晃次