ジャスティスへのレクイエム(第4部)
結果的にではあったが、アクアフリーズ国との交渉を、外務大臣にやらせることができたのも、シュルツがアレキサンダー国との交渉に乗り出したことのメリットだった。
「普通であれば、こんな難しいことを、慎重派で知られる外務大臣が交渉に出かけるなど考えられないからな」
と、あとになってシュルツはその時の会議のことをチャールズに話した。
「確かにそうですね。シュルツ長官がアレキサンダー国と交渉すると言い出した時もビックリしましたが、それ以上に外務大臣がアクアフリーズと交渉してくれると言い出すとは正直思ってもいませんでした」
「彼にはアレキサンダー国にたいしてのトラウマがあるんだ。クーデターの時に、父親が行方不明になっている。もしこれがその場で殺害されたという事実であれば、もっと違っていたんだろうが、行方不明になったことで、彼の中にトラウマが蓄積されていったんだな」
とシュルツが話した。
その通りだった。
――もし、あの時、おやじが死んだという報告だったら、私は新生チャーリア国の外務大臣になどなっていなかっただろうな。もう少し慎重になって、母国の外務大臣にゆっくりでいいから昇格し、ジョイコット国あたりと国交を樹立していたかも知れない――
と考えていた、
彼の母国はジョイコット国とは国交がなかった。ここも主義主張が違っているわけではなかったのだが、それぞれの友好国との関係に問題があり、いずれ同盟国となる相手の機嫌を損ねることはあきらかな自国の損失を招くことになるのは必至だったからだ。
当時の国家間、社会情勢は世界が独立戦争を繰り返している最中で、国交を結びたくとも同盟国との立場上、そうもいかないということが多く見受けられた。
――国際社会は、お互いの国家の内情を胸に秘めながら、国交を断絶したり、新たに結んだりと、相手のことを探り合う歪な国際関係を形成していた――
と、外務大臣はグローバルな意味でも、そう回想していた。
シュルツは外務大臣を決定する時、何を持って彼を抜擢したのか誰にも分からなかったが、この時のことを最初から考えていたとすれば、すごいことだ。チャーリア国の大臣人事の候補選定は、ほぼ実権を握っていたのはシュルツである。彼がその時何を考えていたのか、そばにいたチャールズにも分かりかねるところは十分にあったのだ。
最終的には、アクアフリーズ国とも、アレキサンダー国ともどちらとも国交を結ぶことができたのだが、最初に国交を結ぶことができたのは、アクアフリーズ国の方だった。
「アレキサンダー国とアクアフリーズ国は裏で話し合いながら我々と交渉していたと思うんだ」
と、シュルツは外務大臣に話した。
「確かにそうですね。でも私にはもう一つ別の見方があるんです」
「どういうことだい?」
「それぞれの国はお互いに我が国を相手にしている時は行動謀議を重ねていたのかも知れませんが、どこまで相手国を信用していたのかということに疑問を感じます。特にアレキサンダー国の場合、他の国と協調するイメージがどうしてもないんです。表向きには協調しているように見えても、心の底では相手を探っているのではないかと思うんです」
「なるほど、それは私も感じていますよ。でも、逆にいえば、それだけにやりやすい相手だとも言えるかも知れない」
「どうしてですか?」
「行動パターンが読めるからさ。極端な考え方を持っている者を相手にする時は、こちらも考え方を極端にしてみると、行動パタンは容易に読めてくるんじゃないかな?」
とシュルツがいうと、
「それは言えるかも知れません。私もアクアフリーズ国との交渉の中で、時々そのことを考えていることがあります。しかも無意識に感じていると言った方がいいのか、あくまでも意識の中でのことになります」
という外務大臣の意見に、シュルツは黙って頷いていた。
「それにしても、あのアクアフリーズ国をうまく丸め込んだものだね」
「ええ、アクアフリーズ国は我が国を必要以上に意識しているようなんです。元々の支配層だったというだけではなく、今のチャーリア国の中に可能性を見出しているかのように見えているようで、それも私のようにアクアフリーズ国出身者でない人間でなければ分からない何かだって思うんです」
「だから、私は君にアクアフリーズ国を任せたんだ。確かに私が行くと角が立つというものだが、彼らにとって気になるのはっ私とチャールズ大統領だけなので、君だったら大丈夫だとも思っていたbだ。かつてアレキサンダー国の挑発に乗って、我が国に先制攻撃を加えたという後ろめたさもあるからね。意固地にさえならなければ、彼らの気持ちを掌握するのは難しいことではないと感じたんだ」
シュルツと外務大臣の二人は、外交に関しては他の誰にも口を出させなかった。
他の国との関係は実に良好で、アレキサンダー国とアクアフリーズ国との間で国交が正常化すれば、チャーリア国はWPCの中でもいよいよ世界の大国と肩を並べるだけの名実ともに実力を得ることになる。
外務大臣は、シュルツの狙いがそこにあると分析していた。
――やはりWPCでの発言力というのは絶大な権力に繋がる。国内を纏めるにも外交的な手腕が大きな宣伝になるというのは、どの国にとっても同じことだからな――
と考えていた。
そんな時、ちょうどジョイコット国にて漂流民事件が起こった。外務大臣は正直、
――余計なことを――
と感じたのだが、シュルツはまったく逆のことを考えていた。
――これは好機だ――
と捉えたのだ。
世間の目をジョイコット国がさらってくれている間に、ジョイコット国と結んだ密約の存在をあえてアレキサンダー国に悟らせるようなことをした。
アレキサンダー国は、もちろん密約の存在を知っても、その内容が分かるわけはなかった。
「あのシュルツが目論んだのだから、相当な密約なんだろうな」
と、密約は存在しているだけで大きな抑止力になった。
それは、核の傘においてのうわべだけの世界平和に似ていた。
「核を保有しているだけで、直接的な全面戦争になることはない」
という考えだ。
しかし、それは薄氷を踏む平和であり、直接戦争をすることが愚かであるという最低限の法則に乗っ取っただけで、代理戦争であったり、それぞれの体制を牽制しあうという、一触即発を匂わせる、実にキナ臭い情勢が世界に蔓延ってしまっていた。
世界を二分、あるいは三分している体制は、二分の時より三分になった方が、より一層の抑止にはなるだろう。しかし、睨みあいを続けるだけではなく、それぞれの力の均衡がカギになってくる。あくまでも三すくみの状態は、一番崩れにくいように思えるが、それぞれの力の均衡が保たれてこその崩れにくさなのだ。力の均衡は大前提であり、社会秩序を作り出していた。
核による平和への抑止力は、
「持っていることが正義」
と考えられていた。
一つの国が核開発に成功し、その威力を実践にて国際社会に見せつける。
ここまでは、開発国の一連のシナリオにあったはずだ。自国のみが最終兵器を持つことで、圧倒的な力を、国際社会に持つことができる。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第4部) 作家名:森本晃次