ジャスティスへのレクイエム(第4部)
逆に非武装地帯を作ることで、国際的に承認されたことは、ジョイコット国としても想像していなかっただけにありがたかった。
そんなジョイコット国は、密かにそしてしたたかに生き抜いてきた。世界大戦の時代にも、侵略されないようにひっそりと生き抜いてきた。
どこかの国がジョイコット国に侵攻しようものなら、
「非武装地帯に侵攻は許されない」
として、別の国が侵攻国に宣戦布告して、助けてくれようとする。
何とか世界大戦を乗り切ることができると、世界全体が疲弊した中、いよいよジョイコット国が進化を見せ始める。
物資の乏しい国に対して、安価で物資を提供し、その国からありがたがれることで、国際社会に対しての入り口をたやすいものにできるという作戦を取った。
その作戦が功を奏して、ジョイコット国はそれまで他の国が経験したこともないほどの発展を遂げることができた。
それでもまだまだ大国には追いつけるはずもない。
世界大戦の時代もジョイコット国と秘密裏に関係を保っていたのがシュルツだった。
シュルツは、影でジョイコット国の非常勤顧問のような状態だった。アクアフリーズ国にクーデターが起こって、国外退去を余儀なくされたシュルツを迎え入れたのも、当然のことである。
しかし、考えてみれば、シュルツほどの人間が、クーデターに気付かなかったというのは解せない気もする。そのことを一番疑問に感じていたのは、ジャクソンだった。
「シュルツ長官ほどのお人が、どうしてクーデターに気付かなかったんですか?」
と、ジャクソンはシュルツに直接聞いてみた。
「どうしてなんだろうね? クーデターというのは、奇襲だから成功するんだよ。成功しなければクーデターとは言わないからね」
とシュルツは答えた。
「どういう意味ですか?」
シュルツの言葉には、必ず意味があると思っているジャクソンは、その言葉から何かを探ろうとした。
「言葉通りさ」
と言葉少なく、そしてそれがすべてであるかのようにシュルツは答えた。
シュルツのその言葉は真実であり、ウソはない。もちろんジャクソンにも分かっている。額面通りに受け止めれば、
「クーデターが起こることは分かっていたさ」
としか聞こえない。
とすれば、起こることは分かっていても、それを防ぐことはできなかった。したがって、起こると分かっていて、最小限の被害に食い止めるにはどうすればいいかということを考えただけに過ぎないと言っているかのようである。
ジャクソンは考えたが、考えれば考えるほど、堂々巡りを繰り返してしまう。それは、自分が窮地に陥った時に考えることとよく似ている。シュルツは絶えず自分の中で、ギリギリの選択を迫られる地位にいるということを思い知らされた。
――俺にはそんな状況、耐えることなんかできないだろうな――
と、改めて、シュルツの偉大さに気付かされた。
特にシュルツほどの人物は、世界情勢にしても、国内のことにしても、誰よりも分かっていて、予見もできる立場にいる。だから、彼以上に状況を好転させることのできる人はいない。そう思うと、それだけでプレッシャーというものだ。
――上にいけばいくほどプレシャーが強いことは分かっていたが、さらに孤独さも伴って、誰に相談することもできなくなるんだ――
と、いまさら当たり前のことに気付かされた。
上にいけばいくほど、自分よりも上はいない。アドバイスしてくれる人もいないというわけだ。一番上ともなれば誰もいないのは当たり前のことで、それを自覚するということは、孤独との戦いを意味している。その立場にならなければ、きっとその孤独の意味を理解することはできないのだろう。
シュルツは、自分の孤独を分かってくれる人はいないと思っていたが、ここにn唯一分かる人がいるということを、ずっと知らないでいた。
ジャクソンは、ジョイコット国が国際批判を受けてしまったことをまるで自分のせいのように抱え込んでしまって、落ち込んでいた。表舞台に出る人物ではないだけに彼の苦悩を知る人はいなかったが、彼の落ち込みはそのまま国家の落ち込みに変わって行った。
それまで順風満帆に見えたジョイコット国だったが、今回の事件で国際社会から批判されたのは仕方のないことだった。だが、その言い訳のための記者会見を開くことはなかった。ジョイコット国を批判していた連中も、記者会見がないことから、急に攻撃が冷めてしまった。
「人のウワサも七十五日というが、今回のジョイコット国への批判は、思ったよりも短い期間で過ぎてしまうようだ」
とWPCでも、安堵の気持ちだった。
WPCは表立って、ジョイコット国を処罰するつもりはない。
「彼らには警告だけでいいだろう」
というのが、大方の意見だった。
なぜなら、他の国としても、これくらいのことで処罰を受けるのであれば、自分たちの国も、もっと処断されるべきことが眠っていることを知っているからだ。下手に藪をつついてヘビを追い出す必要もない。余計な騒動はその場で抑えておくに限るとほとんどの国が考えていた。
WPCと言っても、基本は個々の国家の集まりである、国家間の忖度や事情が、WPCの裁断に関わってくるということは、誰もが分かっていることだった。
漂流民を匿ったことは別に問題ではなかったのだが、それを隠ぺいしようとした行動が批判の対象になった。
では、隠ぺいしようとしたという事実がどこに存在しているのか、それがそもそもの問題であるはずなのに、いきなり情報が拡散してしまったことで、そもそもの問題から目が逸れてしまっていた。そのため、拡散した時のコメントの中にあった、
「ジョイコット国が漂流民を匿っていたことを隠ぺいしようとした」
という表現が勝手に暴走したのだ。
そういう意味では、ジョイコット国が弁明のための記者会見を開いていると、さらに誹謗中傷が拡散していたかも知れない。彼らが行ったように、何も語らずに引き籠ってしまったことで、騒ぎをやり過ごすというやり方が、功を奏したのだ。
この作戦はジャクソンが裏で手をまわしたものだった。
かつてのシュルツの苦悩を知った時、耐えることを覚えたジャクソンだったが、その感情が今、ジョイコット国を救うことになったのだ。
やはりジャクソンにとって尊敬すべき相手はシュルツであり、シュルツのことを考えると、おのずと自分の進むべき道が見えてきたような気がしたジャクソンは、漂流民事件をきっかけに、
――ジョイコット国の運命を自分が握っているのかも知れない――
と考えるようになった。
ジャクソンは、しばらくジョイコット国を離れ、チャーリア国に滞在していた。その時には一緒にマーガレットを同行させたが、シュルツとマーガレットの親子対面が数年ぶりに実現したのだ。
「すっかり大人っぽくなったな」
とシュルツがいうと、
「お父さんこそ、すごく立派になって、見違えたようだわ」
「そうかい? お父さんは変わっていないよ」
というと、マーガレットは何も言わずに微笑んだ。
その表情は、
――それ以上何も言わなくても、私には分かっている――
ということを言っているのと同じことのように思えた。
「お前には苦労を掛けたな」
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第4部) 作家名:森本晃次