ジャスティスへのレクイエム(第4部)
そしてもう一つは、国民を監視する警察だ。もっというと、これは警察を監視する警察だとも言える。こちらは完全に非公開になっていて、秘密組織であった。他国に侵入することもあったが、彼らはそんなスパイ行動がバレてしまった時、死を覚悟することをいとわない人種であった。
アクアフリーズ国は独裁国家であるが、かつての独裁国家とまったく違った体制だった。
彼らには、他国を侵略する意図はない。あくまでも自国内だけでの体制である。もし、他国が干渉してくることになれば、WPCに、
「内政干渉だ」
と言って提訴することもいとわない。
実際にかつて一度内政に干渉してきた国を提訴したことがあったが、WPCの裁断としては、
「内政干渉であることを認める」
という結論が出てしまったため、迂闊にアクアフリーズ国への干渉が事実上無理になってしまったのだ。
彼らに他国を侵略する意図がないことが一番の理由だろう。WPCという組織はあくまでも国家間の紛争や危機を解決するために、そして加盟国の利益を守るために組織されたものである。
「我々は内政に力を入れている」
と言われれば、アクアフリーズ国の国家としての存在意義を脅かすようなことは、WPCにはできないのだ。
アクアフリーズ国の内政は、ほとんど完了していた。漂流民が見つかったのは、そんな頃だったのだ。
「彼らがアクアフリーズ国からの漂流であることは間違いないと思うのだが、ここまで口を閉ざすということは、それだけ今まで迫害を受けてきた証拠だということでしょうね」
と外務員がジャクソンに話した。
「我々の想像を超えたところで、彼らの存在意義があったのかも知れないな。もしそうであれば、もう少し彼らの存在を他国に知られないようにしないといけない。彼らを外務省から出すんじゃないぞ」
と言われて、
「分かりました」
と言って、二人は漂流民の様子を伺っていた。
すると、二週間ほどした頃からであろうか。母親が少しずつ自分たちのことを話し始めた。
「私たちは、アクアフリーズ国の漁村に住んでいました。ある日いきなりの台風が襲って、村が崩壊の危機に直面したんです。村民は皆漁船に乗って非難しました。私たちも非難したんですが、結局漂流民となってしまい、今に至っています」
「あなた方の村にはどれほどの人間が住んでいたんですか?」
「百人ほどではないでしょうか? 隣の村にも同じくらいの人がいたと思います。同じように漂流していると思います」
「台風ともなると、もっと広い範囲ではないんですか?」
「いいえ、我が国の台風は、局地的な被害が多いのが特徴なんです。中心部の被害は甚大ですが、それも半径十キロほどの被害ですね」
この証言を気象学者に問い合わせると、
「彼らの言うことは本当です。アクアフリーズ国の地形は独特で、台風が発生してから発達するのは中心部に偏ってしまう。だから発達はしても、大きくはならないんです」
と言われた。
「私たちの住んでいた村の二つ隣には村はなく、そこには大きな施設がありました。そこには誰も出入り禁止になっていて、異常な数の警備員が施設の周りに配置されていました」
母親の情報に、ジャクソンは心当たりがあった。
「アクアフリーズ国には秘密工場の施設がたくさんあるんです。何を研究しているのか分からないが、一説には核兵器ではないかと……」
「核兵器? あの国は侵略をしないのでは?」
「いや、彼らが目指すのは、専守防衛の国なんだよ」
「ということは、チャーリア国と同じイメージなんですか?」
「そうだよ」
「なるほど、だから侵略をしないと言われたアクアフリーズ国が唯一、チャーリア国に先制攻撃を加えたんですか?」
「そういうことになる。彼らにとって攻撃を加えて相手にダメージを与えることは二の次だったんだ。きっと何かのメッセージだったんじゃないかな?」
「そういうことなら分かります」
ジャクソンにも、何となくだが、アクアフリーズ国の輪郭が見えてきたような気がしてきた。
母親の顔色は次第によくなってきた。
最初は血色も悪く、どうしていいのか分からない状況からも、今にも倒れそうだったが、今では笑顔も出てくるほどになっていた。
その頃には子供たちも落ち着いてきていて、一日に限られた時間だけではなるが、家族が一緒に過ごせるようにもなっていた。
それから少ししてのことだった。
「ジャクソン部長大変です」
と、外務員がジャクソンのところに飛んできた。
「これを見てください」
と、そこにあるのはジョイコット国の新聞だった。
いくつかある新聞社の中で、スクープに掛けてはずば抜けていて、漂流民の問題も、ここだけにはひた隠しにしてきたつもりだったのだが、一面を見ると、
「衝撃! 国家を揺るがす秘密を暴露」
と書かれて、少し小さな文字で、
「漂流民漂着発覚。国家ぐるみで隠ぺい工作か?」
と続いている。
「どういうことなんだ?」
ジャクソンはまだ状況を把握し切れていない。
最初に感じたのは、
――国民が我々に重大な不信感を抱かせるようなことになってしまった――
ということだった。
だが、実際の問題はそれだけではない。頭の整理がつかないというのも、当然のことであろう。
恋コット国で漂流民を隠ぺいしているというウワサは、国際社会に広まってしまった。さっそくwpcが調査に来たが、ジョイコット国はあっさりと漂流家族をWPCに引き渡した。
WPCでも漂流民に対していろいろ言尋問が行われたようだが、目新しい情報は何もなかった。
ジョイコット国の漂流民事件に関しては、最初に炎上したほど、その後は何もなかった。ろうそくが消えゆくように、最後には白い線が立ち上ったくらいで、そのことを意識する人も記憶する人もいないと思われた。
ジョイコット国では、スパイ活動が行われていたが、これは国外に向けての活動ではなく、自国民に対しての活動である。つまりは、他の国とは一線を画していくのがジョイコット国の考えで、その根底には、
「我が国は、どの国の体制にも属さない」
という考えがあった。
同盟は結んでいても、決して国家体制が同じ国は存在しない。ジョイコット国ほど独創的な国はなく、実はそのことに最初に気付いていたのは、シュルツ長官だった。
シュルツは、まだアクアフリーズ王国が存在していた頃から、ジョイコット国に注目していた。
まだその頃は発展途上国というのもおこがましいくらいの未開の国だった。国家が成長しない理由には、政府が一党独裁を敷いていて、他の国の影響を受けないようにしていたからだった。
実際に発展しなかった理由は、自分たちの国が中途半端に成長すれば、植民地として蹂躙されると思ったからだ。まったくの未開地であれば、植民地にしたとしても、最初から開発しなければいけないことが多く、その費用も人員も莫大に必要になるからだった。
そんなことをしてまで植民地として支配するにふさわしい国でなければ、侵略の意図はないだろう。幸いにその頃はまだ、ジョイコット国の地下資源に何があるのか分からなかったこともあって、どの国も植民地として注目していなかった。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第4部) 作家名:森本晃次