ジャスティスへのレクイエム(第4部)
シュルツが頭を悩ませている貧富の差と差別問題、チャールズがどれほど意識しているのかというと、シュルツほどではないが、意識から離れることはなかった。
ただ、シュルツほど意識を深入りすることのない状況に、
――チャールズ様は、本当に国家元首としての誉れを持たれた方なんだろうな――
と、シュルツは感じ、自分がこの人のために、人生のほとんどを捧げたという事実に誇りを感じてもいいと思っていた。
国家元首というのがどんなものなのか、シュルツは先代を見ていて分かった。先代は決して人として褒められる人間ではなかったが、シュルツの目には、
――この人こそ、国家元首にふさわしい――
と写った。
贔屓もにも意識があったに違いないが、シュルツには、自分の意識がそれ以上でもそれ以下でもないと感じていることを理解していた。
それから少しして、ジョイコット国に漂流するボロ船が見つかった。領海としてはジョイコット国とアクアフリーズ国の国境とも言える海域近くで、ジョイコット国は秘密裏に彼らを保護し、外務省に引き渡された。
「君たちはどこから来たんだい?」
と外務省の職員に聞かれても、少しの間、何も答えなかった。どうやら怖がっているようである。
見つかった人は家族のようで、お母さんと思しき人と、まだ未成年の子供が三人、そして父親はいなかった。
「君たちはずっと四人だったのかい?」
という質問に、母親は黙って頷いた。
彼らは一人一人別々の部屋での尋問を受けた。示し合わせができないようにである。
漂流民の話は即座にジャクソンに伝えられた。ジャクソンは外務省に雇われていて、通訳のような仕事をしていた。密告者などへの尋問も任されることが多く、尋問の機会を重ねるうちに、外務省の役職に就いていた。
尋問の指揮を執っている人にジャクソンはいろいろと聞いてみた。
「彼らはどこから来たのか、言わないのかい?」
「ええ、ハッキリとは言いませんが、あの船の装備では、遠くから漂流したとは思えません。アクアフリーズ国からの難民の可能性もあります」
当時ジョイコット国は、アクアフリーズ国とは絶縁関係にあった。政治体制の違いから、WPCの会議で意見が真っ二つに割れ、お互いに意地を張りあって、距離を詰めようとはしない。国交の断絶までは行っていないが、いつ国交断絶しても仕方のない状態だった。
「まさか戦争になったりはしないよな」
という世間の不安もあったが、今のところ戦争をしても、どちらの国に得になるということもなく、こう着状態は緊張状態となって、国際社会では、近郊の海の名前から、
「カルザス海峡危機」
と呼ばれていた。
軍事クーデターを起こしてからのアクアフリーズ国は、急進的な改革を推し進め、時には敵対国との戦争も辞さない構えを国際社会に見せ、
「カルザス海峡のバスーカ」
と呼ばれていた。
だが、危機と呼ばれることはあっても、そこから戦争に突入することはなかった。彼らには戦争をする意思はないのだ。だが、危機に陥るたびに国家は、
「非常事態宣言」
を宣告し、国民総動員で危機に立ち向かうという姿勢を国民に見せていた。
国民は、軍事政権を表向きは支持していた。支持しなければ、秘密警察による拷問が待っていたり、権力を少しでも持っている人間であれば、
「反乱分子」
というレッテルを貼られ、粛清される運命にあった。
ただ、自分たちに従う連中を厚くもてなす国民性で、味方も多かった。それだけに軍事政権の地盤は次第に盤石になっていて、最初の頃にはいくつかあった軍事政権に対しての人民解放運動だったが、
「今はまだその時期ではない。我々はもっと力をつけなければ」
と言って、時期尚早と考えていたが、実際にはその逆だった。
彼らは、軍事政権の強引なやり方に、
「そのうちに息切れするさ。その時に一致団結して軍事政権を倒すんだ」
と思っていたが、軍事政権のやることなすことは成功していった。
確かに彼らは急進的な改革を推し進めていたが、決して無理をしていたわけではない。敵も多く作ってはいたが、それ以上に足元を盤石にすることに徹していたのだった。
そのせいもあってか、反乱分子と軍事政権の力の差は広がるばかりだ。時期尚早などというのは考えが甘かった。やるなら最初だったのだ。
盤石な体制を整えた軍事政権は国内では独裁政権を敷いていた。
しかし、対外的にはそうもいかない。新生アクアフリーズ国を承認しない国もかなりあり、それまで国交があった国が大使館を引き上げて、国交断絶したという例も少なくはなかった。
次第にアクアフリーズ国の情報は入ってこなくなってきた。国交を継続している国にも、アクアフリーズ国での活動には制限が設けられ、情報は限られたものしか国外に流出しなかったのだ。
それでもアクアフリーズ国と貿易を続けることで利益を得られる国も少なくないので、国交は結ばれていた。
そんな時、アクアフリーズ国と一番親交のあるアレキサンダー国の誘いもあって、チャーリア国に先制攻撃を掛けた戦争を経験したが、元々アクアフリーズ国は乗り気ではなかった。
一度先制攻撃を加え、すぐに引き上げる。その間にアレキサンダー軍が進駐して、チャーリア国を蹂躙してくれるだろうと思っていた。
もし、失敗してもすぐに撤退したことで、さほどの国際社会からの非難は受けないだろう。いざとなれば、アレキサンダー国を悪者にすればいいというくらいにまで考えていたのだ。
新生アクアフリーズ国が対外戦争を行ったのは、後にも先にもこの時だけだった。その後再度アレキサンダー国から、
「もう一度攻撃を」
と言われたが、その時には丁重にお断りしていた。
アレキサンダー国としても、これ以上アクアフリーズ国を刺激したくはなかった。内情が分からないだけに、彼らを刺激してしまって、自分たちの計画を根本から覆されても困るという考えがあったのだ。
アクアフリーズ国はそれ以来、国内情勢を固めることに力を注いだ。
独裁国家としての体裁を整えることで、国が国民生活を監視するという政治体制である。ほとんどの企業は国営化され、経済界は国家によって牛耳られることになる。
国民も国家の監視体制の中にあり、権利という言葉は存在はしているが、あくまでも義務を行ったうえで行使できる権利という建前だった。
「実際に権利なんて、言葉だけのもので、行使できる人は特権階級のごく限られた連中だけだ」
というのが、国民の思いだった。
封建的な考えもこの体制にはあった。
名目上は、
「すべての国民は平等で、経済において競争などありえない。自由に経済を運営できる国と違って、貧富の差はほとんどなく、国家によって守られる世界の構築が、我が国の国家理念なんだ」
という謳い文句だった。
だが、実際には国家の中で身分制度的なものが存在し、差別は公然と行われていた。政府の力が絶対だと言っておきながら、差別で生じた問題は、すべて国家には関係のないこととして処理される。
警察機関も二つ存在した。
一つは他の世界のような治安維持を目的にした警察で、法律によって公平に裁かれるものである。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第4部) 作家名:森本晃次