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ジャスティスへのレクイエム(第4部)

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 実際に、情勢はそのように傾いていた。
「あと一歩で一党独裁という夢を掴むことができるところまでやってきてから、さらにそれから幾数年。短いようで長かった。それだけあと一歩からが本当に遠かったということだろう。『百里の道を行くのに、九十九里を行って半ばとす』という言葉があるが、まさにその通りではないか。ただ、その期間を苦しみと考えるか、発展のためにためてきた力を温存する時期だったと見るかによって変わってくる。私は今がその時だと思っているがみんなはどうだ?」
 という言葉に、党員全会一致で賛成というのを匂わせる、
「おおー」
 という男の低いだみ声が響いていたが、密閉された会議室だけしか響いておらず、誰も知らないことだった。
 ジョイコット国の一党独裁の夢は、その時だけで本当に夢に終わってしまった。隣国のアクアフリーズ国にクーデターが起こったことで、政府は自国への警戒態勢を強めたのだった。
 そのため、迂闊に動くことができなくなってしまい、結局そのまま政府は総辞職、国民に真意を問うことになった。
 そうなってしまっては、一党独裁をこの機に行うことは絶望だった。最初から綿密に組まれた計画は、初手から狂ってしまっては、うまく行くはずもない。もし成功したとしても、クーデター扱いをされ、せっかく掌握した政権も、白い目で見られてしまうに違いない。
 その目を逸らすためには、国民に対しての絶対的な権力を持つ必要がある。かつての世界大戦の教訓から、一人に権力の集中が一番の悪だとして、
「独裁政権は長続きしない」
 というレッテルが国際社会の間で貼られていて、そんな状況が起ころうものなら、せっかく成立した政権は、世界で孤立してしまい、国家の存続にかかわる重大なことになるのは必至だった。
 チャーリア国建国から三年が経ったある日、ちょっとした事件があった。その頃には建国後の混乱は収まっていて、アレキサンダー国やアクアフリーズ国からの干渉もひと段落していた。
 茶^リア国の憲法もある程度整備されてきて、建国が最優先であったために遅れていた法整備も整ったことで、チャーリア国という国のメンツも、国際社会で認められようとしていた。
 WPCが渋っていた常任理事国入りも審議され始めていた。WPCが渋っていた理由は、元々の母国であるアクアフリーズ国に対しての配慮があったかあで、アクアフリーズ国が何も言わなくなれば反対する意見もなくなり、チャーリア国への門戸も開かれてくるのだった。
 だからと言ってチャーリア国には、解決しなければいけない問題は山積していた。もっともこの問題はチャーリア国に限ったことではなく、どこの国も抱えていることで、まだ建国間近な国だけに注目を浴びているのだった。
 チャーリア国は、アクアフリーズ国の亡命国家とはいえ、元々のアクアフリーズ国の法律を継承しているわけではない。アクアフリーズ国は、あくまでも専制君主の王国だったからだ。
 チャーリア国は民主制の国であり、大統領制を敷いている。国家主席がそのまま大統領というわけで、首相であるシュルツも大統領であるチャールズほどの権力を持っていなかった。
 だが、実質的な権力はシュルツが確保している。建前上の国家元首であるチャールズは本当は面白くないだろうと思われていたが、そんなことはなかった。
「シュルツ首相がいてくれるから、私が大統領でいられるんだ。しかも、実務の責任者はシュルツ首相であり、私の分まで働いてくれている。本当の実力者は、彼のような人のことをいうんだろうね」
 とチャールズは、自分の立場をわきまえていて、不満らしいことは一切ないと言った様子だった。
 遅ればせながらやっと憲法が正式に公布されることになり、民主制ではあるが、まだ立憲君主の形を残したままであるチャーリア国だったが、大統領の権利が確立されたことで、国民も安心できるだろうと思っていた。
 ただ、今のチャーリア国での一番の問題は、
「貧富の差が激しいこと」
 であった。
 それに付随して、差別も公然と行われているのが現状だが、差別に関しては憲法で禁止が明記され、幾分か変わっていくであろうことは容易に想像がついた。
 貧富の差の激しさは、土地の位置において、ある程度確立されているようだ。山沿いの場所は、比較的裕福な家庭の住居が立ち並び、海に近いところは、昔からの漁村の雰囲気が、まだ色濃く残っていた。
 貧富の差に比例して、人民の感情や意識も開きがあるようだ。その証拠に差別が公然と行われていて、その意識は差別する側に大きく表に出ていた。
 差別されている方は、半ば諦めているのか、言われるがままに差別を受けている。反発する意識すら、希薄になっているほど、公然とした差別なのだろう。
「これが我が国の現状です」
 シュルツは、そのことを分かっていながらどうすることもできない自分に腹立たしさを感じていた。
 最初は自分だけの胸に収めていくつもりでいたが、どうしても我慢できなくなり、チャールズに話してしまうこともあった。
「憂慮に堪えない状況だね。でも、それをシュルツ首相が責任として感じる必要はサラサラないんじゃないか?」
 と。チャールズにはシュルツが感じている重さを分かっているようだった。
 そういう不満やストレスは、普段なら決してシュルツは口にすることはなかった。しかも相手がチャールズであればなおさらのこと、口が裂けても言える相手ではないと思っていたに違いない。
 それなのに、思わずとはいえ口にしてしまったということは、それだけ憂慮が自分の中で整理できないほど大きくなってしまったのか、シュルツ自身が今までのような彼ではなく、衰えが見えてきた証拠なのか、ずっと一緒にいるチャールズにもそこまでは分かりかねていた。
 シュルツ本人は、これを自分の中の衰えだと思っている。
「私も、老いてきたんだよね」
 と、たまにチャールズに愚痴をこぼすようになったが、昨年くらいまでは、そんなことを口にするなど考えられないほどにエネルギッシュな性格だった。
 シュルツが懸念しているのは、差別もそうだが、貧富の差をどうにかしないと、根本的な解決にはならないと思っていた。それは正解であり、差別が貧富の差から生まれるというのが表向きで一番の理由になっているだけに、まずは貧富の差を解決することが必須だった。
 貧富の差を解決さえしてしまうと、それまで見えていたいくつかの問題も一気に解決されることだろう。つまりは貧富の差という事象は、避けて通ることのできないものだということである。
 だが、この貧富の差だけは、なかなか一筋縄ではいかない。明らかに原因として金銭という媒体が存在するからだ。
 貧富の格差をなくすということは、経済政策に似ているところがある。
 一つのことだけに目が向いてしまい、目に見えている上っ面の部分だけしか見ずに解決策を実行しようとすると、今度はそれが行き過ぎてしまって、歯止めが利かなくなってしまうこともある。