ジャスティスへのレクイエム(第4部)
チャールズは国王としては、まだまだ先代の域に達するまでには行っていなかった。ただシュルツが見る限り、先代ほどではないまでも、その片鱗を垣間見ることはできていたようだ。
――遅かれ早かれ、チャールズ国王も先代のような現実主義者の君主として、君臨することになるだろう――
と考えていた。
シュルツは現実主義的なところがないわけではなかったが、
――俺は、現実主義者にだけはなりたくない――
と考えていた。
それは先代を見ていて感じたことで、
――現実主義者である以上、その国家がそれ以降の発展はありえない――
と考えたからだ。
個人としての発展はあるかも知れないが、個人よりも巨大なものにはその影響力はなく、影響力があると過信してしまうと、今度はその思いが国を滅ぼしてしまうと考えたからだった。
この思いを最初に感じたのは、まだチャールズが子供の頃のことだった。
ちょうど先代の脂がのりきった時期であり、国としての発展が一番望まれる時で、対外的にも大々的に出ていこうということで、閣議でも決まっていたのだが、実際にふたを開けてみると、対外的な成果はそれほどでもなかった。
逆に認めてもらうために出資した額が大きかっただけに、国としては全体的に見て損をしたことになった。国民にはそのことは知らされておらず、情報統制が敷かれていたこともあって、誰も疑問に思う人はいなかった。
政府では粛清のウワサが水面下であり、政府高官は恐れおののいていた時期でもあったことで、国家分裂の危機でもあった。そんな状態でも国家の体制が保たれたのは、先代の虚空が国民に浸透していたからだったというのは、皮肉なことであろうか。
政府高官が恐れおののいている時期に、国民の間では国王の人気が定着していた。中には疑心暗鬼になって自殺を企てた高官もいて、国の政治は一時期荒廃に喫していた。
その状態を救ったのは、シュルツだった。
彼は国王に自分の意見を具申し、政府の情勢を説いて見せた。もちろん、粛清されるのは覚悟のうえで、一世一代の覚悟だったに違いない。
その意図をくみ取った国王は、それからシュルツを自分の相談役に据えて、政治の第一線から遠のいた。
表向きは国王の裁可だったが、実際には実権を掌握していたのは、シュルツだったのだ。
彼は、執政だったと言ってもいい。国王がいなければ、彼が確実に国家元首でもあった。だが、国家元首は別にいた。シュルツは国王を覗けば、国のナンバーツーに収まっていたのだ。
シュルツはそれでいいと思っていた。自分は表舞台に出るわけではなく、影の部分すべてを取り仕切る元締めが一番自分に似合っていると思っていた。国王が君臨する国では、その地位が一番動きやすい。なぜなら下手に国家元首になってしまうと、国民と国王の間に挟まれて、結局は自分の意見が通らない存在になる。
会社や学校でも実権を握っているのは、ナンバーツーだったりするではないか。ナンバーツーが一番の実権を握っている国というのは、意外と発展するものである。ただ、その先に権力争いが待っていることもあるが、発展という意味ではナンバーツーの存在が不可欠で、そのことをシュルツはよく分かっていたのだ。
その後、予想通りというか、まさか先代の時には何も起こらなかったのに、チャールズが国王になった途端、クーデターが明るみに出てしまうというのは、皮肉なことだった。シュルツとしても後手に回ったことは否めなく、
――もう少し早く情報を得ていれば――
という後悔の念がないわけでもなかった。
クーデター対策は取っていた。しかし、それも情報があって、十分な時間を掛けることで未然に防ぐことができるものだった。実際にクーデターの予兆を感じたのは、クーデターが起こる寸前であり、何とか亡命に成功するだけの時間しかなかったのが現実だった。
「シュルツ、私はこれでよかったのか?」
チャールズが、亡命後、ジョイコット国でやっと落ち着きを取り戻した時に、ボソッと呟いた。
「ええ、これしかありません。暴動が大きくなると、犠牲が出るのは国民ですからね」
と、あくまでも国民が主であることを説くシュルツに、
「そうか。私はお飾りのようなものだったんだな」
とまたしてもため息交じりに呟くと、
「そんなことはありません。国王として立派に君臨されていましたよ」
とシュルツはいった。
その言葉にもカチンときたチャールズだったが、
「国民なんか、もうどうでもいい」
と、今度は投げやりになった。
今までのシュルツなら、
「そんなことをおっしゃらないでください。国王は国王らしく、毅然とした態度を取ってください」
とでもいうのだろうが、もうすでに国王ではない自分に対してシュルツがどんなことを言うか、チャールズは興味があった。
聞き耳を立てていたが、すぐには答えられないシュルツに、
―ーそれはそうだろう。そう簡単に答えられたんじゃあ、私の立場なんてあったもんじゃない――
とチャールズは考えた。
結局、その時、シュルツから回答は返ってこなかったが、チャールズは複雑な気持ちになった。
――簡単に返事が返ってこなかったのはよかったが、何も意見が聞けなかったのは、私にとっては不完全燃焼したような気分だ――
とチャールズは感じた。
シュルツはチャールズを国王としてふさわしい人物だと思っていた。これは表向きだけではなく、自分の本音としてもそう思っていた。そういう意味では、先代よりも相手にしにくい相手であることは否めなく、
――どこか一線を画さなければいけない――
とも考えていた。
クーデターが起こって二人揃ってジョイコット国に亡命した。それまでの二人のプライドは完全にズタズタにされてしまった。特に国王として君臨していたチャールズのプライドは、取り戻すにはできてしまったトラウマをぶち破らなければいけない状態になっていた。
ジョイコット国は二人を快く受け入れてくれた。
しかし、それはかつての属国としての気持ちからではない。もし属国としての気持ちがあるならば、二人を受け入れたかどうか、疑問である。
当然新生アクアフリーズ国には新しい国家元首がいて、表向きにはその国家元首との対話になるだろう。
当然、今後もアクアフリーズ国と平和的な関係を続けていくには、亡命者を受け入れるなどということは許されない。そんな暴挙を犯してまで受け入れたということは、それだけ新生アクアフリーズ国に見切りをつけたということなのか、それともシュルツという男をそこまで買っているということなのかのどちらかであろう。
そのどちらも言えることではあるが、その関係は同等ではない。どちらか強い方が存在することで、力の均衡が保たれるという矛盾のような関係がそこにはあった。
ジョイコット国にも、その時、二大勢力が存在していた。
二大政党がしのぎを削るという民主国家だったのだが、アクアフリーズ国にクーデターが起こる寸前に、一党独裁の風が急に吹いていたのだ。
「いよいよジョイコット国を我々の政党が、一党独裁を敷けるだけの力を掴むことができた」
と言って、党総裁が党幹部を集めて会議の席で宣言していた。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第4部) 作家名:森本晃次