ジャスティスへのレクイエム(第4部)
と、マリアは焦ってメルシーが今の言葉を否定してくれるのを待った。
だが、メルシーは否定するどころか、
「私は他にやらなければいけないことがあるの。またすぐに戻ってくるから、待ってて」
と言って、しばらくの間、マリアの前から姿を消していた。
その間にマリアとマーガレットは再会したのだが、マリアの目の前にマーガレットが戻ってきたことで、マリアの頭の中でメルシーへの思いが少しずつ変わって行った。
――マーガレットがいるから、メルシーがいなくても大丈夫だわ――
と感じるようになったのだが、マリアはそんな風に感じてしまった自分に愕然とした。
あれほど慕っていたメルシーへの思いが、マーガレットの出現で知りすぼみになってしまっているなどと考えると、
――私も女なんだわ――
と思うようになった。
マリアは、普段から自分をオンナだとは思っていなかった。
女というと、どうしても弱いところがあり、男性にすがらなければ生きていけないという思いがあった。
マリアはそんな女が嫌いだった。自分はそんな女ではないと思っていた。だから、マリアのまわりには女性が多く、マリアを慕っているように見えていたのだ。それは妃の頃のことであり、状況が変わった今でも同じことが言えるのかと言われると、自信が持てないマリアだった。
マリアは、混乱に紛れている間、自分の強さをそこで証明しようと思っていた。
実はマーガレットとはぐれたのは、マリアの計算でもあった。
――マーガレットがいれば私の本当の自分を永遠に見つけることはできないわ――
という思いから、マーガレットとわざとはぐれたのだ。
だが、それは浅はかであったことを、マリアは早い段階に理解し、後悔の念に襲われていた。
クーデターによる混乱がいかにひどいものであるか、想像以上だった。
――死を背中合わせにしながら、どうやって生きていけばいいんだ――
と、途方に暮れてしまった。
クーデターが起こってしまうと、それまでの王妃としての立場も権力もゼロになってしまう。
逆にクーデター分子からすれば、かつての支配階級の人間は、すべて排除対象になることを意味しているだろう。見つかってしまうと、処刑が待っているという状況に、すでに他人事ではないと気付いているマリアは、余計なことを考えないようにしていた。
――余計なことを考えるから、苦しいんだ――
と思ったからで、自分が何を考えているか分からないふりをしていれば、審議に引っかからないとマリアは思っていた。
メルシーが現れたことで、自分への死の恐怖が次第に薄れていった。完全にメルシーが築いてくれたマリアのまわりの見えない壁によって、マリアには生命の危険は目に見えないほどにまで小さくなっているようだった。
メルシーが自分の前からいなくなったとしても、それは自分の存在を打ち消すかのように過ごしてきたメルシーに出会う前に戻るだけなので、それほど気にすることではなかったのだ。
マーガレットと再会したとはいえ、二人の関係はかつてと比べれば完全に冷めきっていた。
――これでいいんだわ――
と、マリアは一人でいても、他の誰かがそばにいたとしても、どっちでもいいように思えてきた。
――まるで他人事だわ――
と、これがマリアの発想だった。
密約と副作用
メルシーの出現は、事態を急転させた。その序曲になったのが、マーガレットの誘拐事件だった。
マーガレットは、しばらくの間、他の人と接触を断っていた。以前からマーガレットは自分から人に接触することはあっても、なぜか他の人がマーガレットに接触するということはなかった。一緒に暮らし始めたジャクソンにしてもそうだった。男女の関係として一緒に暮らし始めてはいたが、夫婦になったわけではなく、お互いに夫婦になりたいという意思は欠片もなかったようだ。
二人は何も言わなかったが、お互いに一緒にいることで、デメリットよりもメリットの方が大きいということでの同棲だった。
「利害関係の一致」
それが、同棲の理由であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。
二人にとっての利害関係が何であったのかは、この際詳しくは説明しなくてもいいだろう。下手に説明をすると読者が混乱してしまうという恐れがあるので、敢えて触れることはない。ただ、その二人の利害関係の一致する共通点に、ジョイコット国が絡んでいるということだけは確かだった。
ジョイコット国は、元々アクアフリーズ王国の同盟国として知られていた。だが、その関係は宗主国と属国という関係でもあり、朝貢は義務付けられていた。表向きには植民地ではないが、植民地に限りなく近かったのに、対外にそうしなかったのは、あくまでジョイコット国の対面を重んじたからだとアクアフリーズ国側では思っていた。
では、ジョイコット国側ではどうだっただろう?
植民地でもないというのであれば、なぜ朝貢などしなければいけないのか?
確かに国としては中途半端な勢力によって保たれている国であり、いつクーデターや内乱が起こってもおかしくない状態が続いていた。強力な勢力がそれを抑えない限り、そのうちに国家としての対面どころか、政府は空中分解してしまい、列強に分割支配されかねない状態でもあった。その状況に目をつけたのが、宗主国であるアクアフリーズ国であった。
植民地にしなかったのは、植民地にしてしまうよりも宗主国としての地位さえ保つことができれば、朝貢を受けることで、植民地支配するよりも利益を得られると考えたからだ。 植民地にしてしまうと、インフラ整備や軍事に関してまで、すべてを担わなければならなくなるが、属国であれば、相手国の政府を容認することで、その国のインフラ整備や軍事にかかる費用などは、その国が受け持つことになる。
「別に植民地支配する必要がどこにあるというのかね?」
というのが、先代の考え方だった。
先代は、温厚派に見られていたが、実際には現実的な人であり、理想論よりも現実主義であり、それを隠すために温厚に見せていた節があった。
政府高官はよく分かっていて、そのため、いつ粛清されるか分からないという恐れを抱いていたことで、先代に逆らうこともできず、穏健派であるという印象を国民に植え付けることで、自分への粛清の目を逸らすことしか考えていなかった。
そのため、先代は君主として、
「平和主義者で、彼ほど君主にふさわしい人間はいない」
と、国際社会からも一目置かれていた。
だが、一部ではアクアフリーズ王国が秘密主義を貫いていることを看過していたこともあって、国王の評判に疑問を呈している人もいた。世間一般の意見に背いてまで自分の意見を貫くだけの勇気もなく、その人の一存で過ぎてしまったが、アクアフリーズ国でクーデターが起こったのは、そんな先代への不満が息子のチャールズの代になって噴出したと言えなくもなかった。
もちろん、息子のチャールズはそんなことを知る由もない。知っている人はごくわずかで、その中にシュルツがいるのは言わずと知れたことだった。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第4部) 作家名:森本晃次