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短編集59(過去作品)

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 女性を見る目が次第に歪になってくるのを感じてくる。自分が女性を知らないことが気持ちを歪めてしまっているのかも知れない。欲求が満たされないことをストレスというのなら、この気持ちもストレスなのだろうが、ストレスとはまた違っている。体調に変化を与えるものではないが、何かを他のことをすることで解消されるようなものではなさそうだ。やはり女性を知ること以外に手はないだろう。
 かといって、風俗に行く気にはなれない。風俗の話も友達の間で出てくるが、聞いていて悪いことではないと思いながらも、自分のことだと思うとどこか敬遠してしまう。やはり純潔を大切にしたい気持ちがあるからなのか、それとも、どこか自分で勝手に線を張ってしまっていて、そこから先は自分でなくなってしまうだろうと感じることが怖いと思っているからかも知れない。学生時代の和人にはそれ以上のことは分からなかった。
 きっと意固地だったに違いない。偏見がなかったとは言えない。それだけに、
――自分だけは――
 と思う気持ちが強く、男である自分を時として汚らわしく思うことすらあったくらいだ。
 汚らわしいとまで言えば大袈裟だが、まわりがすべて不潔に見えてくる時期があった。そんな時に一番不潔に感じるのは、かくいう自分に対してであった。
 きっと自分の気持ちが身体に一番密着している感覚にあるからかも知れない。身体が気持ちを抑えられなくなっているからなのか、気持ちが身体を誘発するからなのか、お互いに神経を逆撫でしているような気持ちになってしまう。
 社会人になってからそんな気持ちが定期的にやってきた。最初は「五月病」のようなものだと思っていて、孤独感から来ているだけだと思っていたので、夏が近づく頃には元に戻っていると思った。
 確かにその時は夏が近づくと精神的に落ち着いてきたのだが、どこか違和感は残っていた。それがどこから来るのか、ハッキリとは分からなかった。
 三十歳が近くなってくると、彼女ができた。出会いとは待っている時にはなかなか出会えるものではない。少し気持ちに余裕を持った時にこそ出会いは待っているのかも知れない。
 仕事は順調だった。自分から開拓する仕事なので、追われる仕事ではない。それだけにいつが終わりと分かるものではなく、忙しい時と暇な時とがハッキリとしている。
 本当は一人でコツコツすることが好きなのだが、さすがに予定を組めない仕事にウンザリとしかけていた。だが、自分の開拓したエリアの売上が軌道に乗り始めると実に嬉しいもので、会社の資料でも目に見えて成果が現われてきた。
 上司の態度も一変する。
 それまでは一匹狼を見る目で、その視線は冷たかったが、次第にその視線に尊敬の念を感じてくると、さらなるやりがいが生まれるというものだ。
 それまでの冷たい視線がウソのようだった。他人の目で見ている分にはそれほど露骨な視線には感じないのだろうが、当事者ともなれば、その視線の冷たさにゾッとしたものを感じるのも仕方がなかった。
 何しろ、成果がまったく目に見えてこなかったので、
「やつは一体毎日何をしているんだ」
 という陰口も出てくるだろうし、
「給料泥棒だな」
 まさか、そこまで露骨なこともないだろうが、考えていないとも限らない。視線を感じている時は、そこまで言われているものという自覚があった。
 和人は新規開拓の営業で、他に新規開拓の部隊は三人しかいなかった。本当はそっちに重点を置くべきではないかと思っているが、どうしても目に見える数字を追いかける上層部は、既存のエリアを固執する。現在の顧客を大切にしようという考えなのだ。
 それはそれで大切なことだ。せっかく新規で開拓しても、すぐに離れられてはまったくもって何をしていたのか分からなくなってしまう。分かっていることだった。
 新規開拓に成功すれば、それなりの報酬はある。会社の見る目も変ってくる。既存のエリアへのフォローにも力が入るというものだ。
「ここからは俺たちの出番だ。任せていけ」
 と声を掛けられることもある。まったく新規が取れない時の視線とは大違いである。ここまで人間というのは現金なものなのかと考えさせられるほどだった。
 順風満帆とはまさしくこのこと、エリアを少しでも開拓できれば、口コミで広がっていくもので、ある程度のエリアまではとんとん拍子であった。飛ぶ鳥を落とす勢いとはこのことであった。
 そんな時、一日はかなり長く感じられた。充実した一日とはそんなものではないだろうか。しかしそれが一週間、一ヶ月、数ヶ月と、長い範囲での感覚なると、一日の積み重ねであるはずなのに、あっという間に過ぎてしまったように思えた。
――飛ぶ鳥を落とす勢いでうまく行っている時って、こんなものなんだろうな――
 と感心させられた。
 悪いことではない。毎日が充実していて、毎日を大切にしているという自覚がある以上、脂の乗り切った時間を過ごしているのだ。
 会社の接待で呑みに行くこともあったが、あまり楽しいものではない。そんな時こそ一人になりたいと願うもので、一人の時間を過ごせるようなバーを探していた。
 会社の近くの駅には洒落たバーがあった。駅裏にはスナックや居酒屋しかないものだと思っていたが、ショットバーのような店もあった。
 初めて行ったのは仕事が順調に波に乗る少し前だったかも知れない。孤独は嫌だったが、一人になりたい時間を自分で欲していることに気付き始めた時だった。
 贅沢な時間を使いたかったのだ。
 仕事が渋滞している時は、一人でいない時であっても、背中に孤独を背負っていたように思う。きっとまわりからもそんな目で見えていたことだろう。自分を客観的に見ることができるのは和人のいいところでもあり悪いところでもあった。順風な時は落ち着いた時間を贅沢な時間に変えることができる自分を見つめられるが、順風でない時は、どこまでも孤独に苛まれる自分を見つめていなければならないことに苦痛を感じていた。
 駅裏にあるバー「シモンズ」は、カウンター中心の店で、見るからに常連で成り立っている店の雰囲気だった。
――一見さんには冷たいかな――
 とも感じたが、順風の和人にはどこから来るのか分からない根拠のない自信めいたものがあった。
 最初入った時に冷たい視線を感じたが、それでも臆することなく席に座ると、マスターの表情がすぐに和らいだ気がした。臆することのない態度が少しマスターの態度を和らげたに違いない。
 元々物静かなマスターなので、誤解されがちなのだろう。常連になり、話を重ねていくうちにそのことは分かってくるようになった。
 話をするといっても、毎回同じ話ではない。
 和人は仕事とプライベートはなるべく分けて考えたい方で、呑み屋で仕事の話をしたくはない。だから居酒屋やスナックは嫌なのだ。
 どうしても酒が進んで気が知れた人と一緒にいると、出てくるのは愚痴である。狭い範囲の中で毎日を過ごしていることを露呈してしまうような愚痴は、聞いていてこれほど気持ち悪いものはない。
作品名:短編集59(過去作品) 作家名:森本晃次