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短編集59(過去作品)

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 ポン太に話しかけることで、精神的に楽になっていることは分かっていたので、そこから生まれる余裕だと思っていたが、当たらずとも遠からじであろう。
 とにかく独り言であっても、声に出して話すのはストレス解消になる。どこからか声が聞こえてきて、自分の話しに答えてくれているように思うからだ。
 ポン太を目の前にして話していると、ポン太が答えてくれる。その答えは真理子が予期しているものとは少し違っている。だからこそ、目からウロコが落ちるような気がしてくるのだ。
「人を好きになると、女って綺麗になるものなのよ」
 これは母親の言葉。この間まではまだまだ子供だと言っていた母親が、最近になって少し話が変わってきた。大人として見てくれているのだろうか。
 もっとも、初潮を迎えた時も最初に話したのは母親だった。学校で女性の身体の変化については聞いていたので、それほどビックリしなかったが、母親に話すと、想像以上に喜んでくれた。
「あなたも大人の仲間入りね」
 たった一言だったが、すべてを表わしているように聞こえた。だが、その時は大人の仲間入りと言っても、ほんの少し足が掛かっただけだという意識はなかった。
 精神的にはまだまだ子供、それだけに大人の仲間入りをした意識はない。その頃から貧血に悩まされるようになったが、意識過剰の成せる業だということに気付くまで、少し時間が掛かった。
 自意識過剰だというのは、小学生の頃から分かっていた。まわりに自慢するわけではないが、心のどこかで、
――私は他の人とは違うんだ――
 という意識があった。無口なのは、人と話をしていて、話が白熱してくると、きっと平行線になると思い込んでいたからである。意見が交錯することもなく、エンドレスで繰り広げられれば無意味な体力消耗になりかねない。それが嫌だった。
 真理子にとって自分は可愛い対象ではなかった。だが、身体が成長してくるにしたがって、自分を可愛く感じることへの意識が高まっていくのだった。
 偶然にはいい偶然と悪い偶然がある。この場合は完全にいい偶然になるのだろうか。その時は神様に感謝したくなるほどの偶然だった。
 公園から出て、住宅街を歩いていると、前から見覚えのある人が歩いてくる。
「酒井さん?」
 気付いてくれたのは相手からだった。
「脇坂さん」
 脇坂というのは、真理子が気になっているバスケット部のキャプテンである。ちょうど逆光になっているので、ハッキリと顔が見えかった。もし見えていれば、きっと先に自分の方が気付いていたに違いないと思う真理子だった。
 それほど脇坂が気になっていた。そんな相手から気付いてもらって嬉しい。
「犬の散歩って大変だよね」
「あ、ありがとうございます」
 自分のことを皆女性という意識で見てくれていないと思っていただけに、男性と二人きりでの会話などピンと来ない。想像したことがないわけではないが、あくまでも想像の中でのこと、考えていたように言葉が出てくるわけもない。
 話しかけられていきなり声が詰まってしまって、しかもいきなりの言葉が、
「ありがとうございます」
 というのもおかしなものだ。
「早起きなんだね」
「ええ、犬の散歩はどうしても早朝にしないと、車や人が増えてきますから。それに自分も学校に行かなければいけませんからね。それにしても、先輩も早起きですね。いつもこんなに早起きなんですか?」
「いや、そんなことはないんだ。今日は早く起きたので、少しトレーニングを兼ねて、コンビにまで買い物に出かけてきたのさ」
 手にはビニール袋が持たれている。服装もジャージを着ていて、普段の躍動感に比べれば少しイメージが地味だが、それでも好きな人を感じていれば、何を着ていても格好良く見えるものだ。
 他愛もない会話をしながら、一緒に歩き始めた。ある程度舞い上がっているので、何を話しているか後になって思い出そうとしても思い出せないかも知れない。
 歩きながら、彼は犬を時々意識しているようだ。
「脇坂さんは犬が好きなんですか?」
「ハッキリいうと、犬にはあまり意識がないんだ。どちらかというと猫の方が好きかも知れないね」
「猫派なんですね?」
「そうだね」
「猫のどこが好きなんですか?」
「自由奔放な気がするんだ。甘えているように見えるけど、結局いつも一人で、人間になついているように見えるけど、本当は家についている。野良猫を手なずけるのって、結構簡単なんだよ。窓の外にえさでも置いておけばすぐに寄ってくる。でも、もしその部屋の主が引っ越しても、猫は寄ってくる。猫は家につくものらしいからね。それに比べていぬは人間につく。だからペットとして飼うなら、やはり犬の方がいいのかも知れないね」
――なるほど――
 話を聞いていると分かるような気がした。
 真理子は今まで猫に対して特別な感情を持ったことがない。猫をまともに見たこともない。あの目が気持ち悪いのだ。
 じっと見ていれば目が遭うだろう。その目で見つめあうと、かならず最初にこちらが目を逸らしたくなる。
――だが、果たして目を逸らすことができるだろうか――
 目を逸らすのが恐ろしい。目を逸らした瞬間に襲ってきそうな気がするからだ。犬の場合は目が遭えば何かを訴えてくる。訴えてくるのが甘えだと分かっているので、甘えられると悪い気はしない。特に真理子のような女性だと母性本能が働くのか、何とかしてあげたいと思う。
 もう一つ、真理子が犬派だというのは、犬が男性をイメージし、猫には女性をイメージしているからだ。
 猫撫で声と言われる声を発する猫を見ていると、いつも発情しているように思えてならない。時々ヒステリックに聞こえるのも、女性特有のヒステリーをイメージしているからだ。声は完全に奇声なのに、甘えの中に強かさが隠れているのが分かっているからだ。
 女性は結構いろいろと頭の中で計算している。そこが強かな面なのだろうが、真理子は自分もそんな女性の一面を持っていることを自覚している。
――却って自覚しているのがいいのかも知れないわ――
 自覚していない人の方が、強かな計算をおおっぴらにできる。男性を手玉に取る女性もいるというが、自覚がその中にあるのだろうか。真理子は疑問に感じている。
 これから大人になっていく中で、さらに女としての磨きがかかっていく中で、男性からどんな目で見られるのか考えると怖くなってくる。
――彼には私がどんな風に写っているのかしら――
 話をしながら一緒に歩いていても、彼は真理子の目どころか、顔も見ようとしない。
――猫のイメージを抱いているのかしら――
 だが、彼は猫が好きだと言っているではないか。だが、
――自分が猫のようになれればいい――
 という言葉の裏返しで、猫の自由奔放という部分だけを見て、猫が好きだと言っているのかも知れない。
 真理子にしても、猫を毛嫌いしているわけではない。
――自分が猫に似ているのか、犬に似ているのかどちらなのだろう――
 と考えることがあったが、どう考えても自分は猫に近いように思えた。
作品名:短編集59(過去作品) 作家名:森本晃次