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短編集59(過去作品)

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 目の錯覚は、まだまだ暑い地面に陽炎を見せているからかも知れない。陽炎を見ると条件反射で喉が渇いてくる。缶コーヒーだけでは喉の渇きを抑えることはできない。
 喉の渇きが抑えられないと、今度は汗が滲んでくる。直射日光による直接的な汗ではない。喉の渇き、つまり内部から表に出て行く汗の感覚だ。最近ではあまり感じたことのない感覚で、額から流れる汗が熱かった。
 直射日光に当たっていると、顔や身体全体が熱を持っているので、掻いている汗がヒンヤリとしているのだが、身体の内部から沸き起こる汗は、暖かさを含んでいる。
 気持ち悪いという感覚ではないが、焦りのようなものが襲ってきているのを感じる。本当はその場から動いてドリンクを買いに行くのがいいのだろうが、身体を起こす気になれなかった。視線だけがじっと前を見つめていた。
 女性も気になっていた。
 ほとんどの女性は友達と一緒であった。必要以上な大きな声を聞いていると、いくら可愛い女の子でも冷めてしまうかも知れない。数人でいると一人は絶対に目立ちたいと思う女の子がいるもので、どうしても視線がそっちに行ってしまう自分が情けなかった。
 一人でいる女の子もいなくはない。表情を見ていると、どうしても暗く感じられる。だが、心の中ではいろいろな葛藤が渦巻いていて、何かを絶えず考えているように思えてならない。唐突に話しかけると、きっと話しかけられた行為というよりも、第一声に驚くに違いない。
 一時間というのがあっという間だったということに、公園を出てから気付く気がした。
 実際に時計を見ていると公園で座っている時はなかなか時間が過ぎてくれない。こんな時こそ離れてからしばらくすると、
「あっという間だったんだな」
 と感じるものである。
 環境がまったく違うからかも知れない。
 明美と一緒に行った旅行もそうだった。一緒にいる時間がずっと続いていくような気がしたのは、現地に到着するまでだった。ゆっくり時間は流れていたのだが、帰る頃になると、一抹の寂しさがこみ上げてくる。
――子供の頃に戻ったかのようだ――
 子供の頃、旅行に行く前の日など、興奮して眠れなかったものだ。
「寝るのがもったいないな」
 と思っていたりもして、実際に出かけるまでにいろいろな想像を楽しんでいる。
 見たこともない景色を思い浮かべて、列車の窓から見える流れる光景を見つめている自分を想像する。後ろから見ている光景である。
 だが、これ自体が夢だったのかも知れない。眠れなかったのではなく、実際に眠れない夢を見ていて、想像していたこと自体が夢の主体だったと思えなくもない。あれだけ長かった前日の夜だったはずなのに、実際に旅行に出かけると、前の日の夜など、あっという間だったように思えるからだ。
 最初に期待が大きければ大きいほど、その時間があっという間だったように思う。
 では、公園のベンチで座っていて、何を期待していたというのだろう。期待することなど何もなかったはずだ。ただ、ベンチに佇んで、食事を摂っていただけではないか。それ以外に何があるというのだろう。
 その日、公園のベンチに座っていて、思わず空を見上げてみた。
 右に見える光景と左に見える光景では少し違っている。
 左に見える光景は、まったく雲もなく、吸い込まれそうな青い空だった。久しぶりに空に吸い込まれそうな雰囲気を味わったが、子供の頃にも感じた思いだった。田舎で見た空というのはそれほど真っ青だったに違いない。
 右に見える光景は。吸い込まれそうな青い空を残しながら、雲がその途中に漂っている。雲の厚さはそれほど感じず、ウロコ雲のようにまだらになっていていた。
 どちらが気になるといわれれば吸い込まれそうな空が気になってしまうが、轟音が聞こえたかと思うと、白い雲に向って飛んでいく飛行機が見えていた。
 近くの空港から飛び立ったのは間違いないようで、上昇しているところだった。まだまだ雲に届くには低空だと思いながら見ていたのは、想像以上の轟音が響いていたからだ。
 飛行機を見ていると、子供の頃からの見えなくなるまで目で追ってしまう習性が残っていた。
 じっと見つめていると、機体がどんどん小さくなっていくのが分かる。それだけ上昇角度が鋭いのだろう。音が少し篭ってくるように聞こえてくると、次第に機体が雲に近づいていった。
 雲の一角に掛かると、機体が雲に包まれているのを感じた。
「そんなに雲って近いものなのか」
 と雲が想像していたより近いことに驚いてしまった。
 あっという間に雲に掛かった飛行機はそのまま雲に隠れるように入っていった。
 音は相変わらずの轟音であったが、雲の中に消えていく飛行機の機影が雲に残っているように感じられた。他の雲と違って、少し黒く感じられたからだ。
 あくまでも錯覚なのかも知れない。だが、機影で黒くなった雲を感じていると、飛行機のエンジン音が篭って聞こえてきた。
「まるで着陸の時の逆噴射のようだ」
 だが、逆噴射ほどの激しい音ではない。減速しているように感じられたので、ますます視線を雲から逸らすことができなくなった。
 雲が最初に見た時よりも少し広がってきているように感じたのは、やはり錯覚によるものなのだろうか。湧き立ってきたと言った方が正解かも知れない。
 飛行機の進行方向へとくもが広がっているのだ。何となく嫌な予感がしたが、その予感は的中していた。
「どこに行ったのだろう?」
 ずっと飛行機の針路を見つめているはずなのに、雲から出てくる飛行機を見ることができない。ずっと見ているのにである。雲の中に見えていた機影のような黒い影もいつの間にかなくなっていた。音だけが響いていたのだ。
――以前にもこんな光景を見たことがあるな――
 と思いながら、しばし空を見上げながら、音が雲からなかなか消えないのを気にしていた。
 気がつけば音はいつの間にか消えていた。その時に思い出したのが、
「死ぬまで生きられます」
 という言葉だった。
「なるほど、消えるまで聞こえているわけだ」
 どんなところで言葉を思い出すか分からないとはこのことである。しかし、思い出した言葉が本当にどこで繋がっているのだと感じたのは、それほど時間が掛からなかった。
 その日の帰り、いつもと違う道を歩いて帰った。仕事が終わった時間が中途半端で、仕事が終わってまで会社にいたくないと思っている村田は、とりあえず会社を出た。
 裏通りを歩いていると、日が暮れてきて、街灯の明かりだけでもどこか情緒を感じていたが、少し歩くと、明かりが不自然なところを見つけた。
「懐かしいな」
 通ったことのない道だったのに、懐かしさを感じる。しかもそこが喫茶店であることを最初から分かっていたような気がしていたからだ。街灯を見た瞬間に、
「あんみつが食べたいな」
 とすぐに感じたのだった。確かに甘いものには目がない村田だったが、店の雰囲気も分からないのに食べたいものを感じるなど、初めてのことだった。
 店に入ると、レトロ調の雰囲気が漂っていて、流れてくる曲も相当昔の曲で、懐メロに近いのではないかと思えるほどだ。
 クラシカルな曲調に委ねられるように席につき、メニューを見ることもなく、
作品名:短編集59(過去作品) 作家名:森本晃次