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短編集59(過去作品)

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 無意識に同じ車両に乗っている人はたくさんいるだろう。だが、まわりを意識することなく何かを絶えず考えていたので、まわりにいる人のことを気にもしなかった。きっといつも同じ光景を眺めていたのだろうが、漠然としてしか見ていないので、よく分からない。
 気にしてまわりを見るようになると、
――これほど、皆まわりに無関心な表情をしているんだ――
 と思った。誰もが無表情、一人で表情を作っていれば気持ち悪いものだが、ここまで無表情だと、人の顔など覚えられないだろう。誰もが同じ顔に見えてきて、誰が誰だか分かったものではない。まわりを気にしている人などいないとしか思えない。
――これって悲しいな――
 今まで自分が孤独を感じることが好きだったのとは違うと思いたい。実際に彼らの表情を見ていると、自分とは違うように思える。
――俺はあんな顔をしていないぞ――
 と鏡を見るが、やはりどこか違う。こんなことなら、まわりを気にしなければよかったとさえ感じていた。
 学生時代に女性と付き合ったことがないので、悲しいかな、どのようにして女性を口説いていいのか分からない。じっと見つめていると相手に気持ち悪がられるだろうし、ストーカー行為に見られるだろう。
――何かきっかけでもあればいいのだが――
 と思っていると、人生うまくできているもので、彼女の高校時代の友達が部下にいたのだ。
 彼女が気になり始めて何度目かに途中の駅から乗ってきた自分の部下と話をしている彼女を見かけた。さすがに初日は様子を見ていたが、二回目には部下の方が気付いてくれた。
「村田課長、おはようございます」
「おはよう。いつもこの電車なのかい?」
「いえ、今日は当番なので、少し早めの出勤なんです。本当であればもう二台くらい後の電車なんですよ」
 とニコニコと話してくれた。
 会社では給湯当番を女性の間で決めていた。お湯を沸かして、炊事場を軽く掃除するだけなので、女性社員一人いれば足りる。そのため、当番制を敷いているのだということは以前から知っていたが、今までこの電車に乗っている彼女を意識したのは初めてである。
それだけ電車の中でまわりを意識していなかったということだろう。
 電車の中ではいつも何かを考えているが、電車を降りると考えている内容が変わっている。意識的に変えているわけではないが、変わった後に前に何を考えていたか思い出そうとすると、たった今までのことであっても思い出すことができない。もっとも思い出そうとすることも、あまりないのだが、それは、
――思い出せないんだ――
 ということが分かっているからに違いない。実に不思議な感覚である。
 電車の中というのは、ある意味密室である。無意識に窓から見える表の景色を見てしまうのは、密室とうのを意識しているからだろう。
 村田は、窓際の席に座っていると、どんなに暑かったり眩しかったりしてもブラインドを下ろすことをしない。ブラインドを下ろしても暑いのは暑いのだし、それよりも窓から流れる表の景色を眺めている方が幾分か落ち着くからである。
 ブラインドを下ろして表が見えないのに、眩しい部分と影の部分が存在する。電車が動いているのだから当たり前のことなのだが、それが気持ち悪いのだ。それまで意識したことがなかったが、閉所恐怖症なのかも知れない。しかも、暗所恐怖症もその中に含まれた形でである。
 高所恐怖症だということは小さい頃から意識していた。だが、閉所恐怖症だという意識はなく、ましてや暗所恐怖症などというのは、ありえないと思っていた。恐怖症にもいろいろあるが、見えないところでつながりがあるように思えてならないのだった。
 電車の中で無意識に表を見るのは恐怖症を意識しないためである。毎日同じ光景なので、景色自体にはマンネリ化を覚えている。漠然と見ているだけで、それだけでは物足りない。だからこそ、考えごとをしてしまうのだろう。
 考えごとをするのは、もはや村田にとっては生活の一部である。以前から孤独感を味わっていた時期も絶えず考えごとをしていた。今では孤独感を感じることなく生活しているが、考えごとだけはなくならない。
――考えごとをするのは、もう一人の自分の仕業なのかも知れないな――
 そう感じるのは、考えごとをしている時間に時系列を意識できないからだ。
 考えていたことを容易に思い出せない。しかもたった今考えていたことさえ思い出せない。考えていたことが何だったか思い浮かぶことがあっても、それを考えていたのがいつのことだったのかすら思い出せない。そんな考えごとをしていたのがもう一人の自分だと思う考え方は、もはや無理のないことに思えてならないのだ。
――彼女ができたらどう付き合っていくか――
 ということも、よく考えていたことだった。この件に関しては時系列とまで行かないまでも、流れが整って思い出すことができる。
 付き合い始めから、デート、そしてプロポーズと、頭の中では繋がっているのだ。
 だが、実際にそんなにうまくいくはずはないということは分かっていた。
「考えているように物事が運べば苦労はしないさ。だけどな、うまく運ばないからこそ人生は楽しいのさ」
 大学時代にそんなことを話している友達がいた。その時は意味が分からなかったが、今になって思えば、
――なるほど――
 と感じる。
 きっかけは思わぬところに転がっていたので、仲良くなるまでは、それほど苦労はなかった。いつも考えていた通りに進んだと言っても過言ではない。
 しかし、付き合ってみると、最初に感じたイメージと少しずつ変わってきた。清楚な雰囲気で、あまり細かいところに気を遣わないように見えたのだったが、付き合ってみれば、結構細かいところに気を遣う人だった。
 意外な感じがした。確かに細かいところに気を遣ってくれるのはありがたいし、いいことである。
「いい奥さんになれるよ」
 と何度も人から言われているに違いない。人間味があって素晴らしいのだが、最初に感じたイメージと変わってきたことは、村田にとって、少し違和感があった。
 だが、それも付き合っているうちに次第に消えてくる違和感である。慣れてきたというべきであろう。
 慣れてくると、今度は心の底から彼女が気になり始めた。
「結婚、しないかい?」
「ええ」
 今までに考えていたプロポーズのセリフを何のためらいもなく言うことができた。付き合っている間に何度かイメージが変わった彼女ではあったが、プロポーズという一大イベントを迎えた時に、逸れていた道が元に戻ったのだ。
 彼女の返事も想像していた通りだった。
――プロポーズの時に余計なことをいう人ではないな――
 というのも想像通りで、
――やっぱりプロポーズしてよかった――
 と思った。その時の彼女の笑顔が忘れられない。それが今の女房である明美だった。
 新婚生活は順風満帆を思わせた。
 明美もまだ二十歳代前半、少し年齢が離れていたが、話をしていて年齢差を感じることはなかった。
――自分の二十歳前半を思い出せばいいんだ――
 と考えることで、話を合わせることはできる。考えようによっては、まだ二十代だと思っているくらいだった。
作品名:短編集59(過去作品) 作家名:森本晃次