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ジャスティスへのレクイエム(第3部)

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 シュルツは群衆に対しては急に話しかけたりすることがある。もちろんいつどこで暗殺者が狙っているか分からないので、、そう簡単には話しかけるようなことはないが、まわりを固めているSPが大丈夫だと認定した時だけは、まわりに声を掛けることができたのだ。
 だからと言って、毎回ということではない。話しかけるには話しかけるだけの理由があった。群衆に対しての人心掌握術の一環なのか、それとも穏健な君主としての態度を表に出さなければいけないというパフォーマンズなのか、あくまでも政治家としての態度であった。
 しかし、この青年に声を掛けた時は少し違っていた。
 SPが許可をしたのは間違いないが、この時のシュルツには国民に何かを訴える必要はなく、宗主国の元首としての権威をひけらかす必要もなかった。それなのに話しかけるような行動をしたシュルツに、彼をよく知る人は少し戸惑っていたのは事実だった。
 シュルツは彼に何か声を掛けて、すぐに元に戻ったので、内容は分からなかったが、あまりの短さに、
「シュルツ長官の気まぐれか何かでしょう」
 と思わせ、
「まあ、こんなこともある」
 とまわりに思わせることができたのは、その短さが絶妙の時間だったからなのかも知れない。
 その時シュルツは彼に対して、
「明日にでも私のところを訪ねてきなさい」
 と、政府高官だけが与えられる携帯電話を渡したのだ。
 実際に使われている電話は、国家で管理されていて、下手をすれば盗聴される可能性もある。もちろん国家からの盗聴なので他に漏れるということはないが、それだけシュルツといえども、国家の一員として見張られる立場にあったのだ。
 だが、渡した携帯電話はまったくのプライベートなもので、シュルツとチャールズのホットラインで使用されている。国家の二大トップの会話をいくら国家とはいえ盗聴することは許されない。逆に言えば、この携帯さえ持っていれば、シュルツと誰にも知られずに会話ができるということだった。
 この携帯が盗聴できないのは検証済みで、国家の電子関係のプロに数人盗聴を競わせたが、誰にも盗聴することができなかったという優れものだった。
「はい、明日伺います」
 この青年は秘密携帯の使用方法はなぜか分かっていた。普段であれば、パソコンや携帯も一回一回使用するたびに説明を受けなければまともに取り扱えない彼がであった。
 彼は携帯を使ってシュルツに連絡を入れ、誰にも知られずに外務省にあるシュルツの執務室に入った。ここはチャールズしか入ったことのないところで、まさか一国民が入るなど、ありえないことだった。
「セキュリティがしっかりしているだけに、簡単だった」
 とシュルツに思わせた。
 セキュリティを信用しきっていると、まさかという事態を俄かに受け止めることができないのは人間の習性のようなものだからだ。
 シュルツが招いた彼は、オドオドとしていて、まだあどけなさが残っていることは分かった。
――昨日はあれだけ堂々としているように見えたのに――
 とシュルツは感じたが、堂々としていたわけではなく、一人でいる時の彼の様子がそうだったというだけのことだった。
「この国というのは、本当に未開の国のように思えるんだけど、中に入ってみると、貧富の激しさを感じることができるんだ」
 とシュルツがいうと、
「その通りです。表から見えていることが真実であるということは、この国に限ってはありえません」
 と青年は答えた。
 青年は続けた。
「この国では宗教団体が裏を握っていて、今何かチャーリア国にとって困ったことを起こそうとしているように思えてならないんです」
「我々にとって困ったこととは?」
 シュルツはなんとなく分かった気がしたが、なるべくなら青年の口から引き出そうとして訊ねた、
「それはハッキリとは分かりませんが、もし彼らの計画が実現すると、チャーリア国も我が国もとっても禍根を残すことになると思われます」
「じゃあ、どうすればいいと?」
「武力によっての解決がいいのではないかと思います。相手を殲滅してしまうと、情報が漏えいすることもないでしょうからね。長官は私が見たところ、殲滅までは考えたことのないお人に見えます。それではダメだと思うんです。時には非情になる必要があると思います」
 と、言ってのけた。
 彼の助言はほどなくして実現した。軍事クーデターほど大規模ばものではなかったが、ゲリラ戦に関してはかなりの習熟があるのか、完全にパルチザン化していた。
 彼らの戦術も鍛錬されたもので、彼らだけでここまでできるとは思えなかった。
「どこかの国か組織が裏で糸を引いているのかも知れないな」
 とシュルツは思ったが、その真実は分からなかった。
 さすがにジョイコットの軍だけでは彼らの鎮圧は難しかったかも知れない。しかし、チャーリア国の軍も介入してくると、次第にクーデターは鎮圧されていった。
「これは内政干渉だ」
 と、パルチザンは声明を出したが、肝心のジョイコット政府としては、
「我々が派兵を依頼した」
 ということで、合法だった。
 以前結ばれた両国の同盟条約の中に、お互いの国で派兵の依頼をすることができ、依頼された方は、軍を派兵することができるという条文があった。
 もちろん、拒否することもできるし、反乱が鎮圧されれば、速やかな撤兵までも条文には記されていた。
 クーデターの規模からいうと、ジョイコット国だけの問題であれば成功したかも知れないが、バックにチャーリア国の存在があることくらいクーデターを起こした連中にも分かることだろう。しかも、彼らのクーデターを起こした動機も曖昧だった。声明としては宗教活動の妨げになる政府を打倒と書かれていたが、元々政府も同じ流派の宗教団体だったはず。途中で分裂したのは知られていることだが、なぜこの時期なのかがハッキリとしなかった。
 クーデターが起こってから鎮圧までには一か月ほどだった。チャーリア軍が侵攻してから十日ほどでの鎮圧に、進駐したチャーリア軍もキツネにつままれたかのような、あっという間の鎮圧だった。
「本当にありがとうございます。我々だけでは鎮圧は難しかったです」
 と、ジョイコット国の大統領がシュルツ長官に礼を言った。
「当然のことをしたまでです。被害の方はいかがですか?」
「おかげさまで、大したことはありませんでした。チャーリア国の迅速な対応に感銘を受けました」
「一応我々も精鋭部隊を持っているつもりですので、これくらいのクーデターであれば、鎮圧は難しくもありませんよ」
 と答えた。
 シュルツとしては自慢している感覚ではなかったが、ジョイコット国側にはどのように聞こえたであろうか? 救ってくれた相手なので文句も言えない。苦虫を噛み潰したような表情の大統領を電話越しでは確認することはできなかった。
 シュルツは電話を切ると、今回の派兵に至った経緯と、鎮圧まで難しくなかったという事実をチャールズに伝えた。日頃からリアルな情報は伝えていたが、一貫した話は初めてだった。
「とにかく、反乱が収まってよかった」
 と素直にチャールズは安堵した。