ジャスティスへのレクイエム(第3部)
なぜなら、先の世界大戦の後に独立を果たした国のほとんどが、国家として破綻し、結局どこかの国に吸収されてしまうという憂き目に遭ったのを見たからだ。
一度滅んでしまうと、旧体制に戻ることはありえない。滅亡前にどこかの国を頼り、吸収してもらうことができれば、政府として生き残ることも可能かも知れない。それを思うと、黙って滅亡を待つのではなく、存続の道を探るという選択肢を選ぶのは当たり前のことなのかも知れない。
それらの国を、
「衛星国」
と呼ぶ。
立場的には主従関係のようなものが存在しているが、かつての植民地のように奴隷のごとく扱うのではなく、相手を独立国のように主権を尊重しながら、相手に対して宗主国としての権利を主張している。
これはお互いに悪い話ではない。属国の方も宗主国に守ってもらえるという利点があるし、守ることで朝貢を得られるという意味で、昔の封建制度のような形であった。
「時代は繰り返す」
という言葉そのものを感じている人も多いだろう。ただ、ジョイコット国が宗主国として仰いでいる国は、アルガン国とチャーリア国という複数存在していることは、他にはない特別なことだった。
ジョイコット国を属国とした頃のアルガン国とチャーリア国とは、本当に蜜月状態で、いつまでも同盟国としての関係が続くものだとまわりのほとんどは思っていたことだろう。何といってもチャーリア国建国はアルガン国なくしてはありえないことだったからだ。
「チャーリア国はアルガン国に絶対的な優位性を持っている」
というのが、それぞれの国の内外で言われていたことだった。
だが、その関係にしこりが残るようになってきていた。それはシュルツが発案し、ニコライが開発した新兵器が原因であった。
「シュルツ長官、アルガン国が私の開発した新兵器をほしがっているようです」
とニコライに相談された時は、シュルツもアルガン国の行動が、それほど大きな問題だとは思っていなかった。
元々、アルガン国の資金援助がなければ開発すらおぼつかなかったものなので、アルガン国がほしがるのも無理もないことだった。しかし、この時の経済援助をしてもらった時の条文に、
「供出された金銭の使い道については、言及しない」
という条項が含まれていた。
基本的には言及しないのが暗黙の了解だったが、この時はそれをわざわざ明文化させたのだ。どうして明文化しなければいけないのかアルガン国も訝しく感じられたかも知れないが、決まってしまった条約を覆すことは容易なことではない。明らかに条約違反だと分かったとしても、決まっていることが名分上問題なければ、状況よりも名分の方が強いのだ。それを覆そうとするのであれば、戦争も辞さないという覚悟が必要になってくる。そんなリスクを冒す国など、どこにあろうというのだろう。
委任統治を受けているジョイコット国も、実は一枚岩ではなかった。いまだに自分たちだけで独立した国家を持ちたいという愛国民が存在していた。
彼らは過激派となって国内に潜伏し、時が来るのをじっと待っていた。したがって、時期が来ない今は黙ってその時を待っていたので、彼らのような集団の存在は、国内でもほとんど誰からも知られていなかった。
ただ彼らには一つの計画があった。彼らなりの独自の情報網が存在し、この国にチャーリア国から持ち込まれた王位継承の神器が存在していることを知った。その経緯はハッキリとしておらず、こんなに未開人の多い国でここまでしっかりとした諜報のできる部隊が存在するなど、俄かには信じられるものでもなかった。
しかし実際には存在していた。
「この国には、チャーリア国からいろいろなものが持ち込まれている。以前は軍隊の一時隠し場所として我々の国を使用していた。他の国に察知されなくてよかったのだが、もし察知されていれば、我々も無事ではすまなかったかも知れない」
と、過激派グループの長はそう言った。
彼は元々からのジョイコット国民ではない。他の国から流れてきた男で、謎だらけの男だった。どこの国から、どういう経緯で流れ着いたのか、それを知っている人間はいなかった。
ただ、彼は人心掌握術に長けていた。宗教団体の教祖のような雰囲気があり、存在そのものが神のようだった。オーラはすぐに今の過激派を形成している人間を即座に引き寄せ、自分から言わなくとも、勝手にまわりが団体を作ってくれて、あっという間に彼を教祖に祭り上げたのだ。
まわりから見れば、教祖がただ祭り上げられたようにしか見えないだろう。だが、それは彼のオーラがまわりを動かしたのであって、マインドコントロールをそうとは見えないように行うという実にハイスペックな技を持った男だったのだ。
彼がこの国に来たのは、自分のオーラと波長の合う民族を探し当てたからなのかも知れない。自分が動かなくともまわりが勝手に動いてくれて、祭り上げてくれる。これほど楽なことはないだろう。
いつの間にか委任統治されていたはずのジョイコット国が、宗教色を帯びた国に変わっていくのを知っている人は誰もおらず、このままなら、国の内部からのクーデターにより、宗教国家として生まれ変わるところであったのを、何かが怪しいと気付いた人がいた。
彼は予知能力を持っていた。
本人には自覚症状はあったが、予知が成功する時としない時があり、その信憑性には大いに疑問があった。そのせいもあってか、他の人は彼の力を分かっていない。もし何か予言めいたことをして当たったとしても、
「ただの偶然さ」
という一言で片づけられていたことだろう。
「この国は、近い将来宗教団体によって征服されてしまう」
と予言した。
だが、声を高々に予言するわけにはいかなかった。
いつものような戯言として片づけられるのがオチだったからであるが、それよりも、もし本当だとすれば、それを聞いた宗教団体が黙っておくはずがない。いずれ自分たちの危機に陥ることだとして危機感を募らせるだろう。そうなると彼らのお家芸とでもいうべき、暗殺が行われてしまうことは必至だった。
だからと言って、黙っておくわけにはいかない。自分の中ではかなりの確率で彼らが台頭してきて、国家が宗教化してしまい、まったく自由のない生活を余儀なくされ、宗教のためであれば、命を差し出すことくらいはなんでもないと思っているような連中である。まったく違う考えの下、粛清されるのは分かっていることだった。
彼が目をつけたのがシュルツ長官だった。
本来であれば、宗主国のしかも国家元首に対して、属国の一青年が口など利ける立場ではなく、門前払いされるのがオチであり、下手をすれば処刑されても文句が言えないほどのことである。処刑されてしまっては、勇気を出して直訴する意味がないというものだ。
だが、念じていると気持ちは相手に通じるというべきか、それともお互いに周波数が合うということなのか、彼の思いはシュルツ長官に届いたようで、
「君は何か私に用なのかな?」
と、珍しくシュルツが群衆の一人に話しかけた。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第3部) 作家名:森本晃次