ジャスティスへのレクイエム(第3部)
「なるほど、事案をいろいろ出してみると、見えていなかったことも見えてくるかも知れませんね。特に民族の数だけ事情が異なるという解釈もできますが、まとめてみるといくつかのパターンに凝縮できるかも知れませんね」
「ええ、それを出し合って、議論するという進行方法もあると言っているんですよ」
「分かりました。それぞれ皆さんからパターンを出し寄ってみることにしましょう」
と議長がいうと、さっそく一人が手を挙げた。
「私どもは、隣国からの難民をなるべく受け入れる方向で対応しているものです。一応WPCからも支援援助金というものをもらって活動しています」
支援援助金というのは、WPCが加盟国から毎年徴収している加盟国供出金から出しているもので、自国が他国への援助を行った時、WPCの承認を得られれば、援助している加盟国に対して支援金が贈られるというものだ。
加盟国から徴収している供出金は、元々こういうことのために使われるもので、いわゆる、
「支援援助金のための積立」
という様相を呈していた。
「私たちの隣国は、元々植民地であり、独立を欲したために宗主国と戦争になりました。その時に国民は武器をほとんど持っていませんでしたので、小規模な武器を手に、ゲリラ戦を展開していたわけです。しかし、最初はいろいろなところでの小競り合いが頻繁に起こっているだけでしたが、それに業を煮やした宗主国が大量虐殺を行ったんです。そのために村を追われた人だったり、戦災孤児が一気に増え、そのまま難民となって、国外退去となりました。戦争はかろうじて独立派が勝ち、独立を手に入れましたが、そこまでの犠牲は言葉で言い表せないほどです。国土は荒廃し、難民が戻ることのできないほどになっていました」
「その話は聞いています。宗主国側が憲章で決められている禁止兵器を使ったとして国際的に非難されたあの問題ですね?」
「ええ、そうです。禁止兵器のために、国土が荒廃しただけではなく、人が住める環境でもなくなりました。国内にとどまった人々でも、まともな生活はできていません。国外退去した難民よりもまだ少しだけマシだという程度です。実際、我が国もまだまだ発展途上の国だったので、我が国だけではとても援助できません。国土的にも難民を受け入れるだけの広さはありませんし、何よりの民族性、宗教性の違いから、受け入れたとすれば、きっと小競り合いが絶えず、我が国自体が由々しき事態に陥ってしまうかも知れません」
「この問題は、先の大戦から日常的に起こっている問題として、WPCでも何度も議題にしてきました」
というと、
「しかし、それは行われている戦闘に対してのことで、そこから派生した問題に対しては、WPCでは何ら対策を取ってきていませんよね? それがこんな問題を引き起こしているんですよ」
「おっしゃる通りです。どうしても堂々巡りの問題には目を瞑ってしまって、目の前で起こっていること、あるいは、実際にWPCに提訴されることに目を奪われてしまっていたのも事実です」
「目を背けていたということですよね」
問題提起した議員も引き下がらない。
「これから先は、真摯に難民問題も受け入れていかなければいけないと思います。避けて通ることができないという観点から、今こうやって会議を行っているわけですからね。まずは一つ一つ洗い出してから、精査していきましょう」
と議長がいうと、今度は他の議員が口を開いた。
「我が国は、元々戦争で自分たちの領土を追われ、一度は難民となりましたが、流れているうちに新しい国土を見つけ、そこを領土としました。しかし、植民地時代になって列強が世界に植民地を求めるようになってから、今までの我々の安住の地だと思っていたところに侵攻してきたんです」
「時代は植民地時代に遡るわけですね?」
「ええ」
「植民地時代というと、もう百年近く前に遡ることになりますが、それでいいんですね?」
「ええ、いいです。最初に国土を追われた時に我々を追い出した民族とは違う民族が、我々の安住の地に攻め入ってきたんですよ」
「それでどうなりました?」
「我々の国土には、彼らがほしがっている地下資源も物資もないことが分かったようで、我々の領土を彼らは、犯罪者や政治に反対している連中の流刑地や、収容所にしようとしていたようなんです。そのため、我々原住民が邪魔だったんですよ」
「じゃあ、追い出しにかかったというわけですか?」
「ええ、我々の一部はそのまま彼らに雇われる形になりましたが、それも洗脳される形での雇われ方ですので、そんな形で残るよりも、また国土を追われる方がマシだという人もいました」
「ただ、一度ならず二度までも国土を追われることになった方は、本当にお気の毒に感じます」
「そういう人たちは、高齢者に多いんですよ。でも高齢者は思ったように身体が動かず、国外退去においても、難民として厄介な対応を強いられることになります」
「結局、どうなったんですか?」
「大戦が終わるまでは、世界各国を彷徨っていたようです。何しろ世界大戦ですから、どこに行っても戦争ですからね。一つの場所に留まっていないだけ、ある意味マシだったのかも知れません」
「それで?」
「大戦終了後とともに、彼らの安住の地は解放されました。そこから先はWPCの裁可によって、原住民の復帰が許された。安住の地は大陸などの直接の戦場ではなかったので、そこまで荒廃していなかったので幸いでした。少しずつ元の住民が戻ってきて、解放戦争をすることもなく、元の鞘に収まることができました。でも、もう世界を彷徨うのはまっぴらです。そういう意味では彼らほど難民に対して敏感な民族もいないんじゃないかって思います」
「彼らなら、難民を受け入れてくれるかも知れないと思われるんですか?」
「いいえ、その逆です。彼らは決して難民を受け入れません。受け入れれば元々難民だった自分たちが今度は原住民です。その矛盾した考えに彼らは戸惑い、答えを導き出すことはでいないでしょう。もし、難民を受け入れて難民と小競り合いのようなことが起これば、彼らは容赦なく難民を国外退去とするか、あるいは虐殺するでしょうね」
「そんなに残酷な民族なんですか?」
「そうじゃありません。先ほども言ったように、難民に対して敏感なんです。すぐに自分たちと照らし合わせて考える癖がついているので、過激なことも平気で行うのではないかと私が思っているだけです」
「それは実に難しい問題ですね。彼らはこの場にいなくて正解だったかも知れませんね」
というと、問題提起をした議員はそれっきり黙り込んでしまった。
そこで話がまた途切れたので、
「他にございませんか?」
と訊ねると、待っていたかのように、他の議員が手を挙げて発言を始めた。
「私たちの国は、まわりに異教徒の国を抱えている、他派宗教の乱立地帯に位置しています」
と言った。
「宗教的な問題もデリケートな問題ですよね。宗教では、『人を殺してはいけない』という教えがあるのに、どの時代でも戦争の原因として宗教が上がってくるというのは皮肉なことだって思っていました」
と、議長が言った。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第3部) 作家名:森本晃次