ジャスティスへのレクイエム(第3部)
占領国家の政府も、このままでは自分たちの生命が危機に晒されるわけなので、当然他国への亡命を企てたりするだろう。
国内は混乱していて、無政府状態で占領などできるはずもない。早急な政府の樹立が必要になる。そのためには自分たちに有利な政権を打ち立てる必要があり、占領国国内に存在している団体を買収したりして自分たちの体制に従順な政府を樹立する。それがいわゆる、
「傀儡政権」
なのである。
傀儡政権を通じて占領国家を統治するという間接統治のやり方は、その時の王道を行っていた。
だが、占領国家の中でもいまだに抵抗勢力として存在している団体もあり、小競り合いが続いているところもある。
大戦に参加している大国はまわりの国を占領し、領土を増やしていく。そのためたくさんの地域を広範囲に占領する関係で、一つの国に対しての注意力はどうしても緩慢になってしまう。
そのため、占領された国の中には、抵抗勢力としてのパルチザンが存在し、ゲリラ戦を展開したりしている。それを見た元々の同盟国は彼らに裏で支援を行い、傀儡政権の支配を排除し、占領を解くように工作することも往々にしてあった。
そのためパルチザンの中から新体制の政権が成立し、彼らに界隈政権を牽制させ、時には攻撃を加えて、あわやくば政権奪取を目論もうとする国家もあった。
政権は一つではなく、複数存在している場合もある。
なぜなら、彼らを支援する国家は一つではない。複数の国家が存在すれば、彼らの思惑から、当然複数の政権が存在するのだ。傀儡政権が表向きのその国の代表になってはいるが、まわりの国の干渉によって成立した政権を真の政権として支援する国は条約を結んだりしている。
国際法的にも国際社会的にもその条約は無効ではあるが、そのうちに世界の情勢が変わったり、その国の政権が交代したりすると、その条約が表に出てきて、その国に対しての発言力が増してくる。そうなると、新たな宗主国として頭角を現し、占領軍を駆逐することも可能だったりする。
今は占領軍と傀儡政権による間接統治に混乱している国であるが、そのうちに落ち着いてくると見越しているのだ。
だが、ほとんどの場合、その目論見は外れてしまう。
一つの国家に複数の政権が存在するということ自体がおかしいのだ。
政府は一つであり、与野党として存在することで、政府が切磋琢磨することで政治が行われるというのが真の姿であるはずである。やはり世界大戦という異常な情勢の中では、尋常な精神の下の政治は難しいのかも知れない。
「武力こそが正義だ」
と言っていた独裁者がいた。
彼は絶えず暗殺とクーデターの恐怖に怯えていた。表向きは恐怖政治を行っていたが、その実、食事や睡眠時など、無防備な時間ほど恐怖を感じていたことはない。心の休まる時などないのだ。
そんな状態で、精神に異常をきたした独裁者もいた。自国の市街地に火を放ってみたり、いきなり同盟国の大使館に、国外退去を言い渡したり、狂気の沙汰ではないことは側近が一番感じていた。
死を覚悟で抗議した人もいたが、精神異常の独裁者に通用するはずもない。
犬死してしまったのを見たまわりは、もう逆らうことなどできなくなった。
もっと言えば、イエスマンしか生き残れなくなったのだ。
疑心暗鬼から側近までも粛清してしまうことで、敵味方の見境がなくなり、ただ自分を孤独に追い込んでしまう。それが占領に占領を重ねて、領土を大陸全体にまで広げた独裁者の末路だった。
軍事クーデターが起こるのは時間の問題だった。
国家元首は自殺し、家族や関係者は惨殺された。革命は成功したのだが、そのせいで絶大なカリスマを失ったその国は、一気にまわりの国から攻め込まれ、あっという間に滅んでしまった。
完全に軍事バランスが崩れてしまった。
絶大な力であっという間に大陸を席巻した強大国が滅んだのだ。それまでの対抗勢力ともいうべき列強は、せっかく高めた士気のやり場に困ってしまった。
占領された国は解放されたが、今度は列強が占領軍として進駐してくる。
「今までと変わらないじゃないか?」
と不満も漏れたが、今度は世界に公表されることはない。
何しろ正当な占領だと世界は思い込んでいたからである。
だが、実際には暴行、強姦、略奪、虐殺が横行し、完全な無法地帯となってしまった。世界に公表されないだけに、余計にたちが悪い。世界大戦は占領国家の独裁者の自殺という形で幕を閉じたが、その落とした幕は、誰にも引くことができなくなってしまっていたのだ。
それが公表されたのは、世界講和条約が結ばれてから五年も経ってからだった。
「何てことを」
と、ほとんどの国家元首は嘆いた。
しかし、実際には、
「そんなことではないかと思っていた」
というのが本音かも知れない。
時に軍事政権の国には分かっていたことだろう。兵の士気がやり場のない憤りに変わった時、占領地域においてどういうことが起こるかというのは周知のことのはずであった。
「軍隊というのは、明日死ぬかも知れないという恐怖と絶えず向き合っているわけだから、当然精神的に病んだ状態になったとしても仕方がない」
という考えである。
そんな時、占領地域の国内に残っていた複数の政権は、うまく利用された。
政権が複数あったおかげで、占領地域における秘密は、他に漏れることはなかった。公然と悪行が横行し、それを占領国家の国民は、誰にも訴えることができず、犠牲者は増えるばかりだった。
「国家なんて、あってないようなものだ」
それぞれの政権にはもはや力はなく、占領軍にとって利用されるだけの、それこそ、
「傀儡政権」
であった。
これは大戦中の傀儡政権のように政治色に影響されるものではなく、あくまでも自分を保全するためだけのもので、傀儡政権というほどのものでもなかったのかも知れない。
WPCの発足は、そんな世界情勢において、それぞれの国家だけでは解決できないようなことを国際法に照らして解決するために創設された機関であった。
元々は戦勝国による勝手な政治への戒めのつもりだったのだが、そのうちに国だけが相手ではなく、その国の軍部や政府に対しても干渉するようになったのは、この異常な世界への影響を最小限に抑えるためでもあった。
だが、一つの機関くらいで世界が簡単に収まるわけもなく、混乱はかなりの間続いた。
そのうちに植民地が独立運動を示すようになり、独立戦争に駆り出される兵士が増えたことで、次第に混乱は収束していった。
「これでよかったんだろうか?」
WPCの高官は、憂慮していたが、自分たちにできることは限られているのも最初から分かっていることだった。
そのため、大戦が終わってから、たくさんの憲章が作られたが、憲章によってはすべての加盟国が調印することがない状態でもあった。
「WPCと言っても、一枚岩ではないんだ」
ということが、全世界の人々に理解されるきっかけにもなったのだが、
「それでも今はWPC頼りでしかないんだ」
というのが、大方の考え方だった。
WPC発足後、しばらくして悪行は自然消滅し、世の中は独立戦争という新たな時代を迎えることになった。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第3部) 作家名:森本晃次