ジャスティスへのレクイエム(第3部)
「これは我が国建国以来の危機になります」
と、軍司令がシュルツに対して訴えたことだった。
シュルツも劣勢であることは分かっていて、このままではまずいことも分かっていた。
「分かっている。だが、我が国としては軍事力に限界がある。しかもアクアフリーズ国を少し舐めていたところもあって、しばらく後手後手が続いている。今政府としてもいろいろ考えているところなので、もう少し待ってほしい」
と軍司令を窘めた。
軍司令も、
「シュルツ長官がそこまで言われるのであれば」
と、引き下がるしかなかった。
さすがのシュルツも今回ばかりは、少し考えがまとまらなかった。
チャーリア国には以前から移民が目立つようになっていた。それはチャーリア国にとって、領土に対しての国民の数が少ないという問題を解決してくれることとしてありがたいことであった。
しかし、問題がないわけではない。どうしても他民族になりがちで、烏合の衆となってしまうことは、チャーリア国だけに限ったことではなかった。それは領土拡張に明け暮れているアレキサンダー国にとっても同じことであり、彼らにとって占領地域の民族であるというのと違い、チャーリア国は向こうから舞い込んできたという違いがあることから、チャーリア国の方が同じ烏合の衆であっても深刻ではない問題だった。
だが、実際に戦争が勃発してしまうと、移民の民族は焦っていた。しかもアクアフリーズ国が先制攻撃を仕掛けてきて、攻撃の矢面に立たされている地域は移民が多くいる地帯であった。このことがチャーリア国にとって後々幸いすることであるが、まさかの展開にアクアフリーズ国もアレキサンダー国も想像することなどできるはずもなかった。
そういう意味では、チャーリア国は運がいい国だとも言える。
「運も実力のうち」
と言われるが、まさしくその通りである。
戦闘が始まって二週間もすれば、移民が暮らしている地域は、ほとんどアクアフリーズ国に占領された。しかも、アクアフリーズ国の先制攻撃には容赦がなかった。
「そもそも先制攻撃というのは、相手を容赦していては先制した意味がない。完膚なきまでに相手を滅ぼすくらいの勢いがなければ、いずれ相手が息を吹き返してきます」
というのが、アレキサンダー国の教えだった。
これは、国際的な戦争体型での標準的な考え方であった。
「先制攻撃によって、相手の軍部を徹底的に叩く、あるいは、占領地域を完全に自分たちが掌握できるようにすることが必要だ。そのためには昔であれば、虐殺もありえたのだが、今の時代にはそぐわない。だから、人が攻撃目標ではなく、建物を破壊することに力を注ぐことです」
「でも、建物を壊すということは、そこに住んでいる人も一緒に葬るということではないですか?」
「そこはピンポイントにするのさ」
と言って、先制攻撃のやり方を十分にアレキサンダー国は指南していた。
しかし、言葉でいうのと実際の攻撃とでは、かなりの差が生じる。
しかもアクアフリーズ国の先制攻撃は、想像以上に成功したのだった。
攻撃目標はそのほとんどを壊滅でき、実際にチャーリア国の戦意を消耗させるという戦法は成功していた。
シュルツに、
「アクアフリーズ国がここまでやるとは、甘く見ていた」
と反省させたくらいである。
本当であれば、このまま講和に持ち込むのが、戦争としては一番いいことなのかも知れないが、そのためには先制攻撃があまりにも成功しすぎたのだ。
アレキサンダー国も、本当は危険性が孕んでいることを理解はしていたが、領土的野心という目的を考えれば、アクアフリーズ国の戦果はありがたいものであった。
「こんなにうまく行くなんて、アクアフリーズ国も容赦なかったということですね」
とアレキサンダー国の軍司令が言うと、
「ああ、これなら我々が出ていくこともなくなるだろうな」
と、元首が言った。
彼らにとって、一番の成功は、自分たちが表に出ないことが大前提だったので、それが達成できそうなことだけでも、アクアフリーズ国の先制攻撃は成功したと言えるだろう。
アクアフリーズ国としても、アレキサンダー国から文句が出ないことをいいことに、完全に戦争の主導権を自分たちが握ったと思っていた。
実際に、制空権も制海権もアクアフリーズ国が握っていた、先制攻撃を二週間と区切った計画は、計画を大幅に上回る成果を挙げたことで、アクアフリーズ国は、
「この戦争は我々だけで勝てるんじゃないか?」
と考えるようになった。
その思いが幸か不幸か、アレキサンダー国に対して不信感を抱かせることになった。
アクアフリーズ国のアクアフリーズ国への軽視がそこにはあった。
「我々は、アレキサンダー国に追いついたんじゃないか?」
とまで思うようになっていた。
ここ十数年の間に快進撃を続けるアレキサンダー国。領土拡大のために少し無理なことを続けてきたことで、WPCから経済制裁を受けたりもしたが、それを補って余りあるほどの領土拡大を推し進めてきた。
そんなアレキサンダー国は、国際社会から見れば、
「悪者」
として写ったことだろう。
しかし、悪者であっても、彼らの戦果は他の国からすれば羨ましいと思われていた。アクアフリーズ国もその一つであったが、あまりにも軍事力に差があることから、
「高嶺の花」
のように見えていた。
そんなアレキサンダー国が自分たちのような小国を相手にするはずなどないと思い込んでいたアクアフリーズ国に急に相手の方から近づいてきた。目的はチャーリア国にあるのは分かっていたが、それでも
「高嶺の花」
と奉っていた相手に近づいてこられることは名誉のように思えた。
それだけに、彼らの要望はそのほとんどを文句も言わずに受け入れた。以前の先制攻撃も嫌々ではなかったのだ。
そんな彼らからの軍事援助を受けたことは本当に光栄だった。しかも、その成果は明らかに芽生えていた。後は実践だけだったのだ。
その実践も今度の先制攻撃で予想以上の効果を挙げた。
「こんなにうまくいくなんて」
と軍部に思わせ、
「好事魔多し」
ということわざをほとんどの首脳が頭に描いていたにも関わらず、すぐに打ち消すことになったのだ。
先制攻撃の効果は抜群で、チャーリア国に移住してきた他民族の連中は、チャーリア国に対して愛国心などこれっぽっちも持っていないこともあって、生命の危険に晒されたことで、すぐに隣国に亡命する羽目になってしまった。
少数であれば、アレキサンダー国も受け入れて、彼らの力を利用しようと考えるのであろうが、一気に隣国へなだれ込んできたことから、それまでの占領地帯の飽和状態という問題をさらに加速させることになったのは、アレキサンダー国としては計算外の出来事だった。
移民というのは難民となって雪崩れ込んでくる。彼らには秩序もなければ、モラルもない。
アレキサンダー国の国境付近には、難民が溢れていた。アレキサンダー国のチャーリア国と隣接している部分は、元々のアレキサンダー国ではなく、占領地域であった。アレキサンダー国としては、他民族の中にさらに難民が紛れ込んできて、小競り合いが頻繁に起こっている。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第3部) 作家名:森本晃次