ジャスティスへのレクイエム(第3部)
「立憲君主の国では、帝政の存在は認められる」
と書かれている箇所があった。
ただ、これはあくまでも
「立憲君主の憲法は主権者を明確にしている必要がある」
と書かれているのに対して、アクアフリーズ国の憲法は主権に関しては曖昧な表記だった。
「主権者は、国民に承認された国家元首」
ということになっている。
国民に承認されてさえいれば、それが皇帝であってもいいというものだった。
ただ、立憲君主の場合は、世襲は認められない。つまりは王家のような一族での継承を許してはいないということだ。だからアクアフリーズ国の憲法の主権の項目では、
「ただし、主権者の世襲を認めない」
とあるだけで、皇帝を否定してはいなかった。
逆に言えば、国民に承認された国家元首に主権がついてきて、その男が皇帝として即位するのであれば、そこには主権者としての問題はないということであった。
では、立憲君主の国が、勝手に帝政を敷けるのかどうかであるが、憲法でその規定はない。つまり、国家元首が帝政を宣言し、他国がそれを承認すれば、帝政として国家を継承できるというものだ。
そのために、アクアフリーズ国の国家元首は、他国に根回しを続けていた。
アクアフリーズ国が神器にこだわったのも、本当は帝政になった時の継承神器として国民に示し、まず最初に自分が皇帝に即位するために必須であるということを示したかったからである。
アクアフリーズ国にとっての神器の必要性を、その時のアレキサンダー国が知っていたのかどうか、よく分からないというのが世界的な発想だった。
だが、実際にはアレキサンダー国ではアクアフリーズ国の弱みは分かっているつもりだった。
そうでなければ、チャーリア国への先制攻撃をアクアフリーズ国に命ずることなどできるはずもない。
「チャーリア国は専守防衛の国なので、我々が先制攻撃を仕掛けると、我々の大義が失われてしまわないですか?」
とアレキサンダー国に訴えたが、
「それは大丈夫です。神器さえアクアフリーズ国に帰ってくれば、その心配はなくなります。あなたがたは先制攻撃を悪いことのように考えているようですが、それが戦争です。攻めなければ攻められる。それだけのことなんですよ」
と、いうアレキサンダー国の言い分に、
「確かにその通りです」
というしかなかった。
「大丈夫ですよ。神器の秘密は私たちも知っていますので、安心していいですよ」
というと、
「神器の秘密ですか?」
と、何も知らないかのようにアクアフリーズ国が答えた。
「えっ? 知らないんですか?」
とアレキサンダー国はビックリして見せたが、実際にはアクアフリーズ国も神器の秘密を知らないことを、彼らは知っていた。
「あなた方を信じていいんですか?」
次第に不安になってくるアクアフリーズ国に対してアレキサンダー国は、
「それはあなた方次第です」
と冷たく言い放った。
しかし、すでに引くことができないところまで来ていたアクアフリーズ国は、彼らに従うしかなかった。それも彼らの計算のうちである。
「アクアフリーズ国が先制攻撃をすることは、決して世界から批判を浴びることはありません」
と言われ、半信半疑での攻撃となったが、その言葉に嘘はなく、アクアフリーズ国がアレキサンダー国を疑う隙がなくなってしまったことをその時にハッキリしたのだった。
アクアフリーズ国の先制攻撃はそれなりに効果があった。チャーリア国は攻撃を受けることを前提としていなかったこともあり、完全に虚を突かれてしまった。
しかもこの時期は農村では収穫の時期ということもあって、戦争は仕掛けにくい時期だと思ったからだ。特にアクアフリーズ国は農村からの徴兵が多く、この時期にどこかに戦争を仕掛けるなど考えにくかったこともあって、完全に油断していた。
もちろん、アクアフリーズ国以外の国からの攻撃も考えないわけではなかったが、一番可能性のあるアレキサンダー国にその動きがまったくなかったことから、防備体制はランクの中でも一番低いものだった。
先制攻撃は、ミサイルによるものと、空爆が主だった。ミサイルに関してもそれほどたくさん装備していると思えないはずのアクアフリーズ国が、
「どうしてあんなに持っているのか?」
と思わせるほどだったが、そこにアレキサンダー国が絡んでいることは明らかだった。
アクアフリーズ国を公然と支援しているわけではないアレキサンダー国だったが、チャーリア国に対しての利害は、アクアフリーズ国もアレキサンダー国も一致していた。アレキサンダー国の目的は領土的野心であり、アクアフリーズ国としては、かつての母国として国家単位でのプライドだった。
アレキサンダー国は軍事クーデターの後、勢力を拡大し、まわりの国に次々に侵攻し、その領土を広げていった。そしてついにチャーリア国が隣国となるところまで領土拡大を成功させていた。
ただ、アレキサンダー国としても、これ以上の領土拡大は、民族の増大に繋がり、領土や資源を獲得できたとしても、国民の数が伴っていなければその体制維持も難しくなってくる。
「ここまで拡大させてきた領土ですが、そろそろ飽和状態になってきましたね」
とアレキサンダー国の軍部ではそういう結論に達していた。
そのため軍部の参謀部長は、元首に対して一貫して、
「領土不拡大路線」
を提唱してきた。
しかし元首としては、
「チャーリア国の占領だけは達成したいと思っているんだ。あの国を手に入れることでアクアフリーズ国にいろいろな揺さぶりを掛けることができる。アクアフリーズ国としてはチャーリア国の滅亡を欲していて、領土的野心はない。そこで彼らと協力してチャーリア国の体制を潰すことができれば、我々は領土を手に入れても、国民の一部はアクアフリーズ国に移住してもらい、領土を拡大できれば、我々の目的は達成されたのと同じになるのではないか」
と言っていた。
「利害が一致しているので、少し揺さぶりを掛ければアクアフリーズ国がもう一度先制攻撃を掛けてくれるかも知れませんね」
以前の先制攻撃は戦略的な効果というよりも、時間稼ぎの様相が強かった。
アクアフリーズ国には大義名分があったからで、彼らも目的がハッキリしていることで先制攻撃に何ら疑問もなかっただろう。
しかし、今回は先制攻撃に対しての大義名分はない。だが、説得できない相手ではないと考えたアレキサンダー国は、まんまとアクアフリーズ国の先制攻撃を成功させた。
先制攻撃を仕掛けるための武器弾薬はかなりの数をアレキサンダー国からの供与だった。アレキサンダー国の軍事力は、すでに世界的にも最先端であり、その強大さも軍事大国として十分に体裁を保っていた。
また軍事教練も盛んで、戦術戦略に関しても十分に長けていたのだ。
アレキサンダー国はアクアフリーズ国に対して武器弾薬の供与以外にも軍事顧問団を組織し、軍隊の訓練を担っていた。そのおかげでここ数年の間にかなり洗練された軍隊を作り上げることに成功し、その軍事力はすでにチャーリア国を凌駕していた。
しかも、先制攻撃が成功したこともあって、専守防衛にこだわるチャーリア国は絶えず劣勢に立たされていた。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第3部) 作家名:森本晃次