ジャスティスへのレクイエム(第3部)
「そんなことはありませんよ。私もその意見には賛成です。植民地という言葉には語弊があるかも知れませんが、グローバルな経済が世界を覆っている今、そのうちに限界が来るはずです。その時にどうなるかを考えると、新しい資源を求めて開発研究を進めるか、あるいは、自国の限界のある資源を他に求めるかのどちらかではないかと思うんです。そうなると、これはまさに植民地時代の訪れに近いものがありますよね。しかも今度は完全に資源目的の植民地化なんですよ。そうなると、植民地となった国には人権もなければ、拒否権もなくなるかも知れない。完全に主従関係がしっかりした体制ができあがって、それぞれの体制が他の体制を意識することなく勝手に発展していくことになるんじゃないでしょうか? そうなると、私はもう戦争という形にはならないと思うんです。同じ地球上であっても、他の体制のことは何も関心を持たない。一見平和に思えますが、一つの体制が崩壊に近づくと、どこも助けてはくれません。そうなると、結局どんどん体制はなくなっていくんですよ」
「面白い話ですね」
とシュルツがいうと、ニコライは続けた。
「しかも、滅んで行った体制の土地をどこの国も侵略しようとは思わない。今までであれば侵攻して支配するんでしょうが、自分たちの支配だけで精いっぱい。つまりは滅んだ国は廃墟のまま放置されるんです。すると、世界は廃墟が増えてきます。そのまま資源があった国土から接している国に対して、その疲弊が伝染してくる。その原因をすぐに分かる人は多分いないと思うんです。分かった時にはもう遅い。そう、地球というのは一人の人間のようなものなんです。一つの部分が腐敗して病気に侵されてしまったら、病魔は他の部分に感嘆に転移してしまう。しかもそのスピードは恐ろしいほど早いのではないかと思うんです。人間の頭で理解しようとしていると間に合わないくらいのですね。すると、せっかく植民地として支配しているところが侵されてきて、それが他の国による陰謀ではないかと疑心暗鬼に陥る。そうなると、戦争をするのがおろかなことだと思うようになっているので、戦争をすることもできない。植民地からは手を引くようになり、また放置する土地が増えてくる。そうやって次第に地球上で人間が住める場所がなくなっていくと私は思います」
「それはまるで『世界最終論』のようではないか?」
とシュルツがいうと、
「極論をいうとそういうことです。ですが私は論文にそこまでは書いていませんが、政治家の人でも興味を持つような書き方をしたつもりです。そのうちにこの話題がいろいろな体制の中で炎上するんじゃないかと思っています」
ニコライの顔は最初から笑ってはいなかったが、シュルツが見ても怖いと思うその表情は、ニコライも分かっているのかも知れない。
「じゃあ、我々はどうすればいいんだ?」
とシュルツがいうと、
「私にも具体的には分かりません。でも少なくとも自分の体制になる国をたくさん抱えていることは今は大切かも知れません。今は植民地ではなく、宗主国と属国としてですね」
「どういうことなんだ?」
「植民地としてしまうと、かつての発想から、人間の心理を鋭く抉る体制に思われるんですよ。でも実際には資源目的ですよね。だったら、宗主国と属国という関係が一番いいんですよ」
「でも、そうすると彼らがクーデターを起こさないか?」
「起こすかも知れませんね。でも、それを未然に防ぐことができれば、彼らをこちらの陣営に引き込むことができます。しかも、今の話をしてやれば、彼らはこちらに属してくれるはずです」
「というと?」
「彼らは歴史も知らなければ、国家と国民の関係に対しても無頓着です。つまり何も考えていないと言ってもいいでしょう。そうなると、彼らには本能でしか動けないということです。そんな連中を説得するのは、難しい話を敢えてするのがいい洗脳になると思うんですよ」
「洗脳でいいのか?」
「ええ、洗脳が一番いいんです。彼らを下手にコントロールしようとすると反発する。一本の筋だけを立ててやれば、彼らは本能に沿って行動します」
「そんなにうまく行くかな?」
「だから、彼らが本能で動けるようにするには宗主国としての立場が一番いいんです」
というのがニコライの考えだった。
チャーリア国がジョイコット国を属国にしたのは、そのあたりに原因があった。しかも神器を隠したり、軍隊を駐留させるという意味で、彼らを利用する必要があったので、ジョイコット国にとってチャーリア国を宗主国とするのは、最初から決まっていたようなものだった。
ただ、属国とはしたが、内政干渉にはあまり深入りしなかった。不平等条約が結ばれることも分かっていた。
「不平等条約が結ばれたらどうするんだ?」
とシュルツがいうと、
「それは構わないんじゃないですか? 他の国には我々が宗主国であるということは公然の秘密のようになっていますからね。それでも我が国が具平等条約を認めたということが列強に分かると、他の国が我が国を見る目が変わってきます」
「どう変わるというんだ?」
「きっと疑念を持つでしょうね。今までの宗主国だと、不平等条約が結ばれるとしても、一言くらいは意義を申し立てるものですからね。そうしないと、他の国から舐められたと思ってしまう。しかし、我が国はそれをしなかった。シュルツ長官のいるこの国が、他の国のやらないことをやれば、これは何かあるとして警戒したり、疑心暗鬼になるんじゃないでしょうか?」
「そうかも知れないけど、そこに何の意味があるというんだ?」
「意味とすればないと思うんですよ。でも、時間稼ぎができる」
「時間稼ぎ?」
「ええ、その間に相手国がきっと裏で何かをしようとしているだろうから、それを見極めることができるわけです。つまりは先を越されないようにしないといけないということですよ」
ニコライの言い分はいちいち的を得ていた。
――さすが歴史学の権威だけのことはある――
ニコライに相談して正解だったとシュルツは感じた。
このことがこれからのジョイコット国とチャーリア国の間で、アクアフリーズ国を巻き込んだ中で大きく関わってくることであろう。
ジョイコット国は、いつまでもチャーリア国の属国でいたいとは思っていなかった。いずれは独立したいという意思があり、そのためにどうすればいいかを考える省庁が存在していた。
ただそれは公式な省庁ではない。おおっぴらにしてしまっては、宗主国のチャーリア国の手前、示しがつかないと思っていた。ジョイコット国は密かにアクアフリーズ国に接近していた。
ジョイコット国はチャーリア国の科学力を警戒してはいたが、尊敬もしていた。自分たちにも同じように科学力を開発できる科学者がいればいいと考えていた。実際にジョイコット国にも他国に留学している学者もいて、その成果を持って帰って、研究に勤しんでいた。
ジョイコット国では初になる科学研究所には、アレキサンダー国に留学していた科学者が帰国していた。彼が研究所の所長と、他の留学生の帰国後の面倒を見ることになるのだが、いろいろな体制の国から帰ってくる人たちなので、なかなか纏めるのは難しかった。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第3部) 作家名:森本晃次