ジャスティスへのレクイエム(第3部)
アクアフリーズ国が王国ではなくなってから、つまりクーデターが成功してからのことであるが、最初は民衆からクーデターは反乱軍として認められることはなかった。
「どうしてチャールズ国王を追い出したりしたんだ」
あるいは、
「シュルツ長官が私たちを守ってくれていたのに、これから私たちはどうなるの?」
という声が国民の間から噴出した。
クーデター軍は、そんな反応を予想もしていなかった。ほとんど抵抗らしい抵抗も受けずに成功したクーデターだったが、それは彼らの手腕のせいではなく、クーデターを察知していた国王や長官側が、先回りして国外に逃れたからだった。それを見たクーデター軍としては、
「我々の力に恐れをなして逃げ出した」
と思い込んでしまった。
だから自分たちの力を過信しただけではなく、国民に対しても自分たちが救国の軍であることを無言でアピールしているようなものだと感じていた。
国民に対してのプロパガンダも、さほどしつこくないと思っていたが、実際には国民の間で、
「高圧的だ」
と感じさせるに至ったのだ。
そのうちにクーデター政府と国民の間で、埋まることのない溝ができあがってしまい、それが決定的になったのが、アレキサンダー国に騙される形でのチャーリア国への先制攻撃だった。
さすがにその準備段階で、自分たちが国民からよく思われていないこと。それからいまだにチャールズやシュルツの人気が高いことが挙げられた。しかも決定的だったのが、王位継承の神器をチャールズが持って行ったことだった。国民の中には、
「まんまと王位継承の神器を奪われて、そんなクーデター政府の実力を信じることなんかできない」
というものや、
「やっぱりチャールズ様は国王としての品格を持っておられた方だ。その補佐をしていたシュルツ長官がいたから、我が国は国家として体裁を保てていたんだ。二人ともいなくなってしまって、この国はどうなるというんだ。我々は旧態復帰を望みます」
という団体も多数存在していた。
国家に対する信任も実に低いものだった。メディアによる国家の信任調査も、五パーセントほどが容認するというだけで、残りは反対だった。彼らはあくまでもクーデターで成立した政権。選挙で選ばれたわけではないのだ。
それでも憲法を作って、立憲君主を目指すという方針に賛同する人も増えてきた。最初は五パーセントだった支持率も、何とか十五パーセントまで回復してきたが、まだまだ政府の政党としての安定支持率までには程遠かった。
チャーリア国を先制攻撃したが、結局は戦争が拡大することもなく休戦を迎えたのは、アクアフリーズ国にとって幸いだった。
実はアレキサンダー国にとってもよかったことであり、あのまま戦争が継続していれば国家存続の危機に陥っていたことに、彼らは気付いていなかった。
チャーリア国に対しての意識しかなく、まわりを見ることができていなかったアレキサンダー国は、彼らが戦争に興じている間に、反勢力が国外で、
「反アレキサンダー体制」
を密かに形勢していた。
彼らが潜んでいた国と結んで、
「チャーリア国との戦争で疲弊したアレキサンダー国に攻め込むいいチャンス」
を模索していて、今にもアレキサンダー国の横っ腹に攻め込む準備が完成しようとしていたのだ。
だが、それもチャーリア国の挟撃作戦の前に、引き際を考えていたアレキサンダー国が退散したことで、事なきを得た。そのせいでアクアフリーズ国を見捨てる形になってしまったのは残念なことだったが、そのおかげで自国に対しての侵略が防げたのはよかったのだろう。
アレキサンダー国に攻め込もうとしていた国は、以前からゲリラ戦の得意な国で、
「気が付けば国家が蹂躙されていた」
という事態になりかねないという油断ならない国だった。
目に見えないところでいろいろな思惑が交錯するのも戦争ならではのことだった。交錯する出来事や思惑が複雑に絡み合うことで、国家体制が変革したり、世界が一極にまとまったりと、予想もつかない状況になるのも必至だった。
しかし、ここで一人の政治学者の話がクローズアップされた。
その男は、今から百年前の政治学者で、主に軍事関係から政治を見る専門家であった。
「戦争によっていろいろな体制が確立されたり、複雑に絡み合う世界が形成されたりしますが、結果的には収まるところにしか収まることができない。歴史は繰り返すという言葉に代表されるように、結局は五十年から百年周期で、世界の体制は戻ってくるのだ」
という説を唱えていた。
「軍事体制回帰説」
と呼ばれるもので、現在の軍人は基本的に皆知っていることだった。
軍事士官学校では必ず教えることであり、体制の違う世界でも、アンチテーゼの意味を持って教えていたのだ。
アレキサンダー国を攻めようとした国に潜伏して、その国を戦争の渦中に引き込もうとした連中だが、彼らはその国にそのままとどまるつもりだった。
しかし、世間はそんなに甘いものではない。
アレキサンダー国に攻め込むことのできなかった国は、それまでに国家体制をアレキサンダー国侵攻に備えて準備を進めていた。当然膨大なお金が掛かり、挙国一致で進められた大事業だったにも関わらず、結局は実現しなかった。政府としては面目を保つことができず、自分たちの立場も危うくなっていた。
「やつらの口車に乗ってしまったからだ」
として、彼らを国家反逆罪に等しいものとして、戦争が回避されてすぐに、彼らは緊急逮捕された。
もちろん、彼らとしては寝耳に水で、なぜ自分たちが拘束されなければいけないのか分かっていなかった。
だが、冷静に考えれば当たり前のことだ。特に自分たちが自国民でもない。容赦などありえるわけはないのだ。しかも彼らの行動は極秘の行動だった。アレキサンダー国への侵攻の事実を隠さなければいけないのだから、彼らの拘束はそれだけで理由にもなるというものだ。
しかも、国家を挙げての体制を危うくしたのである。国家反逆罪は免れない。
彼らには、弁護もなく裁判も非公開。秘密裏に処刑を余儀なくされた。身柄拘束から彼らの処刑までに三か月ほどと異例のスピードだったが、これも当然のことである。
こんなことが水面下で行われていたと知らなかったアレキサンダー国は、しばらくおとなしくしていることだろう。その間にくすぶった状態で政情が不安定だったのはアクアフリーズ国である。今回の主役は彼らだった。
ジョイコット国はチャーリア国からの独立を目指していた。それは国家ぐるみでの発想で、シュルツにも最初はその動向が分かっていなかった。
ジョイコット国に潜入していたアクアフリーズ国のスパイは、ジョイコット国からチャーリア国の情報を得ようと考えていたようだった。だが、ジョイコット国というのは彼らが考えるよりもより未開な国であり、正直国家としての体制までは整っていなかったと言ってもいい。
つまりはこのまま独立しても、またどこかに攻められるかどこかの属国になるか、あるいは滅亡するしかないように思えたからである。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第3部) 作家名:森本晃次