ジャスティスへのレクイエム(第3部)
だが、この言い回しは本当のことを言っていたのだが、それを相手に悟られないようにした絶妙な言い回しだった。つまりは彼らはアクアフリーズ国内に存在している化学班ではなかったのだ。
ではどこの化学班だというのだろう?
そこにいるのはジョイコット国の研究員だった。実は神器を盗み出したのは彼らで、盗んだ神器をアクアフリーズ国に返したのだ。
実は、神器を返すというシナリオを最初に抱いたのはシュルツだった。第二次戦争の終結に際して、有利な条件を引き出すためのカードとして用意していた。彼らは何しろ元母国の元部下たちなのだ。それを思うと、感慨深いことはシュルツにもあったことだろう。
結局先を越されてしまったが、結果として元の鞘に収まった王位継承の神器、それを翻弄しているのはジョイコット国の科学者たちだった。
彼らとしてはクーデターのつもりだった。武力を用いることができない彼らには、こうするしかなかったのだが、そのために二重にも三重にも捻じれてもいいので強い計画を練らなければいけなかった。それが功を奏してきたのか、シュルツにはまだこの状況を完全に把握できるところまでにはまだまだ時間が掛かりそうだったのだ。
属国の意地
王位継承の神器は、めでたくアクアフリーズ国に戻ってきた。本来であれば、王位継承の神器は王位であるチャールズが所要していてもいいのだろうが、敢えて返すというのはアクアフリーズ国との関係を優位にしようという思惑があったからだが、その目論見はパルチザンによって計画をめちゃくちゃにされてしまった。
アクアフリーズ国に王位継承の神器を持ち込んだパルチザン連中は、自分たちが彼らのほしいものを届けたことで、アクアフリーズ国から来賓待遇を受けるものだと期待していた。少なくとも国家を代表してきているのだから、めったなことをされることはないとタカを括っていたのだ。
彼らを応対したのは、外務役員の課長クラスの人で、彼らを外務省の会議室に招いて、
「今回はよく届けてくださいました。ありがとうございます」
と礼を言われて、
「いえいえ、アクアフリーズ国の皆様がお困りだと思いましたので、我々は危険を冒してでも王位継承の神器をお届けしなければいけないと思っていました」
「そうですか? それは恐れ入ります」
と言って、応接室に用意されたコーヒーを口に運んだ。
パルチザンの連中は三人が代表で面会に来たのだが、三人はもちろんパルチザンの代表でこの三人がいなければ、実質パルチザンは回らない。対応した外務課長もそのことは分かっていた。アクアフリーズ国は比較的諜報活動は活発ではないが、ジョイコット国の情報くらいなら入手するのは簡単だった。
「コーヒーをどうぞ」
と彼らにもコーヒーを勧めた外務課長は自分ももう一口口にして見せた。
三人は安心してコーヒーを口にする。
「ところでジョイコット国というのは、我々の意識としてはチャーリア国の属国に思えるんですがいかがですか?」
「ええ、そうですね。チャーリア国に支配されていると言ってもいいと思います。何しろ我が国の政治家というのは、まったく自信のない人たちばかりなので、宗主国の言うことはなんでも従っているという感じですね」
と一人がいうと、
「そうですか。独立したいという意識はないんでしょうかね?」
「ないようですね。今のまま独立しても、単独で国家を運営していく自信が、今の政府にあるとは思えません。だから我々のような侵略国に対しての抗国パルチザンが出てくる結果になったんでしょうね」
と、まるで他人事のように話した。
それを聞いて外務次官は、
――こいつらなりの国を憂うる気持ちなんだろうが、しょせんは他人事。これではいつまで経っても独立なんて夢のまた夢だろうな――
と感じた。
さらに、政府に独立の意思がなければ、クーデターで政府を倒したとしても、まわりの国が独立を容認するとは思えない。かといって、彼らを植民地として扱うのも意味がないような気がしていた。
そういう意味では、他の国としては曲がりなりにもジョイコット国の宗主国をやっているチャーリア国を承認するしかないというのが本音なのだろうが、アクアフリーズ国としては、これまでのチャーリア国との因縁を考えると、再度の戦争をチャーリア国に挑む機会を狙っていると言ってもよかった。
以前の戦争は、アレキサンダー国に騙される形で戦争を起こしてしまい、結果何ら成果を得られることもなく休戦を迎えてしまった。その時は大義としていた王位継承神器の奪還を果たせぬままだったことが心残りだったが、次回の戦争を考えていたアクアフリーズ国にとって、パルチザンが行った王位継承の神器の変換は、
「大きなお世話」
だったのである。
アクアフリーズ国にとっては実に複雑な気分だったことだろう。
「余計なことしやがって」
と、政府高官は口に出すこともなく、皆が苦虫を噛み潰していたに違いない。
この上、パルチザン連中がアクアフリーズ国の政府高官の気持ちを知ってか知らずか、あからさまに自慢げな態度を示して乗り込んできたのだから、屈辱的な気分を味あわされたに違いない。
そういう意味では外務省の建物に入れてもらえただけでもありがたい。本来ならすぐにでも国外退去を命ずるべきなのだろうが、
「それは少し待ってください」
という外務大臣の言葉から、話が変わってきた。
「どういうことだ?」
と、大統領が外務大臣に答えを求めた。
「このまま追い返してしまっては、ジョイコット国と関係がこじれてしまいます。元々対立しているチャーリア国の属国なので、関係がこじれるも何もないんでしょうが、せっかく関係を築くことができる機会をみすみす逃す必要があるというのでしょうか?」
と外務大臣がいうと、
「何を言っている。元々関係がないんだから、それでいいじゃないか」
「いえいえ、やつらは利用できるということです」
「利用?」
その言葉に反応したのは、陸軍大臣だった。
アクアフリーズ国の陸軍大臣は、元々この国の軍のトップだったシュルツを崇拝していた。シュルツが国外に去っても、彼のやり方を陶酔していて、他の人から、
「大丈夫なのか?」
と心配されたが、
「大丈夫さ。シュルツ長官はいなくなっても、その意思を受け継いでいけば、まだまだアクアフリーズ国は他国に負けることはない」
と豪語していた。
その言葉は間違っていなかった。
彼が陸軍参謀総長に就任してからは、シュルツのやり方をさらに徹底させた軍の改革を行い。あsらに強固な陣営を作り上げた。その功績から陸軍大臣に任命されたのだが、
「このままいけば、彼は次期大統領の最有力候補だ」
と言われるまでになっていた。
だが、アクアフリーズ国は軍国主義ではない。自分から好んで戦争を仕掛けることのない国として世界に認められるのが軍の目的だった。そういう意味で軍が政府の中で強くなることを嫌う集団もあったが、軍出身の大統領を否定する風潮もなかった。
あるとすれば一部の派閥による発想なのだろうが、実際には必要以上のことはなかった。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第3部) 作家名:森本晃次