ジャスティスへのレクイエム(第3部)
「どういうことだ?」
「この映像はまだ解析途中の状況を見せたものなんです。このビデオの確認作業をされている時、神器が盗まれるという映像が映っていたわけではないんでしょう?」
「ああ、そうだ。盗まれた形跡がないのに、どうやってなくなってしまったのかが不思議だったんだ」
「つまりはビデオカメラには映らないような特殊な加工がされているということなんです。でも実際には記憶されていた。だから特殊な技法を使えば、神器が盗まれた瞬間をとらえることはできるんです」
と主任がいうと、
「すごいじゃないか」
とシュルツは普通に答えた。
「そうじゃないんです」
主任はさらに続けた。
「どういうことだい?」
「ここまでの解析は、我々でなくとも普通の企業の解析班でも可能だと思うんですよ。我々もここまでは簡単に行きましたからね」
「じゃあ、何が言いたいんだ?」
「これを計画した連中は、神器が盗まれるところまでの解析されることは最初から分かっていたと思うんですよ。だからここまでの解析に何も成果がないことは明白だと思うんです」
「なるほど」
「じゃあ、こちらをご覧ください」
と言って主任は、外にあるコントロールルームをガラス越しに見て、中にいる研究員に目配せをした。
研究員は、主任の合図の下、手前の装置をいじくりながら、すぐに主任に対してOKサインを送った。
元々真っ暗な部屋を赤外線によって明るくしているように見えていた映像だったが、合図が返ってくると、そこの明かりはまるで最初から蛍光灯がすべてついていたかのようになった。逆に違和感がなくなった感じだった。
違和感がなくなる少し前に、そこにふわっとした感覚の白い物体が映し出されたように思えたが、次第に映像が違和感を感じなくなると、それまで白く浮かんでいた異物が、今度は黒ずんでくるのが感じられた。
そして、その形が次第に細くなっていき、背景に馴染んでくるのを感じると、その形が人間に感じられるようになったのは、映像に違和感がなくなってきたからだけだとは思えなかった。
「これは」
シュルツは覗き込むと、そこには黒いジャンパーを着た二人組の男が浮かび上がってきた。
二人は変装はしているが、その様子は実に中途半端で、解析ができてしまうと、顔はしっかりと写っている。
「こんなことって」
シュルツが何に驚いているのか、主任には分かる気がした。
「どうですか? どう感じられましたか?」
「要するに、解析が二段階必要だったということだよな」
「ええ、そうです。しかも最初の解析に比べて、今回の解析にはかなりの時間が掛かりました。最初の解析には一日もかからなかったのに、二段階目の解析には一週間近くかかったということですからね」
「そんなにも解析が難しかったということか?」
「そうですね。これだけの解析ができる国は本当に限られていると思います。下手をするとこの国だけかも知れません」
それを聞いてシュルツは、
「うーん」
と唸った。
「怖いですよね」
「そうなんだ。我が国のように最先端の技術を有している国にしか解析できないような技術を他国も有しているということになり、さらにそれが未開の国として知られているジョイコット国であるということが不気味だよな。これだけの科学力を持っていれば、今のジョイコット国はないだろうからね。もっと発達していてもよくて、先進国の仲間入りをしていてもおかしくはないでだろう」
それがシュルツの怖さの秘密だった。
「ただ、この連中がどこの誰なのか、顔がハッキリするので分かると思うんですよ。彼らはこの解析が行われることは最初から計算していたのかも知れません。ただ、盗み出したという事実と、我々に自分たちの科学力を鼓舞したかったということとが彼らの真実だとすると、犯人が分かることは問題ではないということなんでしょうね」
「考えられることとすれば時間稼ぎではないかな? 我々が解析を済ませるまでにどれくらいの時間が掛かるのかを計算して、その間に彼らの計画を実行するだけの時間をキープしたかったと考えると行動に対しての辻褄は合っていると思う」
「それはどういうことですか?」
「彼らは盗み出すことはもちろんのこと。盗み出した後で犯罪が露呈する間に、神器をどこかに移したということだろうな。他の場所に隠しなおしたというのは、可能性としては低いような気がする」
シュルツの考えは当たっていた。
程なくしてからいきなり、アクアフリーズ国から宣戦を布告された。これはバックにアレキサンダー国が存在しているわけではない。当のアレキサンダー国は早々に中立を宣言し、アレキサンダー国に潜入している諜報部員の話では、
「アレキサンダー国もこの事態に対しては寝耳に水だったようです。まさかアクアフリーズ国が単独でチャーリア国を攻めるとは思ってもいなかったんでしょう。早々にアクアフリーズ国が負けることを見越しての中立宣言のようです」
シュルツはそれを聞いて、
「なるほど、アレキサンダー国はあくまでも自分たちが後方支援を行わなければ、アクアフリーズ軍だけでの攻撃は、まったく効き目がないとでも思っているわけだな」
「その通りです。ただこれはアレキサンダー国だけではなく他の国にとっても同じことのようで、他の国も続々と中立を宣言するようです。何も因果関係のない国に対して戦果の拡大に繋がるようなことをしたくないというのが、諸外国の反応なんでしょうね」
いきなり攻めてきたアクアフリーズ国の名目は、
「我々が所有権を主張していた王位継承の神器は我々が確保したが、王位継承の神器を持ち出したことでのチャーリア国への制裁を行う」
というのが彼らの正義だった。
今度の戦いは以前の戦いに比べて、格段にアクアフリーズ軍は手ごわかった。確かにチャーリア国の敵ではない状態ではあったが、一時はアクアフリーズ国に優位だった時期も存在した。
今回の攻撃にはもちろん、大統領の権威存続の意味があったのも事実である。しかも相手を脅かすだけの成果もあったのだ。大統領の権威はかなり上がったと言ってもいいだろう。
今回のアクアフリーズ国は、実にかしこかった。
一時の優位に立ったその時から、彼らは水面下で和平交渉を進めていた。相手は第三国を通じての和平交渉で第三国も中立の立場であったが、内容が和平に向けた話し合いであれば当然受けるのも当然だ。自分たちの調停によって和平が結ばれれば、彼らの国は国際社会での立場を大きなものにすることができる。損のない行動であった。
この交渉の矢面に立ってのは、アクアフリーズ国の外交官だったが、そこに同席していたのは、他の国にとっては見知らぬ連中が数人鎮座していた。彼らは白衣を着ていて見るからに科学者であることは一目瞭然だった。
「この方たちは?」
と聞かれて、
「彼らは私どもの化学班の方々です」
と紹介された。
「我が国の」
という言葉ではなく、
「私どもの」
という言い方に違和感があったのだが、その時の会場にいた人には、どうでもいいことだった。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第3部) 作家名:森本晃次