ジャスティスへのレクイエム(第3部)
チャールズはそれを、シュルツ独特のいなしだと思った。だが、今まで二人三脚のようにお互いの気持ちを分かり敢えていたシュルツからは考えにくい態度だった。いなしなどシュルツには必要ないと思った。皮肉を言われて淡々と受け流すのは、シュルツを知るチャールズには信じられないことだった。そして何よりも自分がシュルツに対して皮肉を言わなければいけないという立場に腹が立ったのだ。
「ねえ、シュルツは今回のクーデターをどう思うんだい? ただのクーデターなのかな?」
とチャールズがいうと、
「私はそうだと思っていますが」
と、シュルツが答えた。
ただ、どこかまだ何かを隠しているように思えた。
――私に何かを隠すなんて、今までのシュルツにはないことだ――
と感じた。
今までのシュルツであれば、もし隠し事があるとすれば、それは必死になって隠すはずなので、チャールズにバレることはなかった。だからチャールズが知らないだけで、隠し事は存在していたのかも知れない。
だが、チャールズはそれでいいと思った。
――隠したい思いがあるのなら、それでもいいが、私が嫌な気分になることだけは避けてほしい――
と思った。
これが他の人であれば、隠し事自体を否定するのであろうが、チャールズは違った。自分が他の人とは違うという思いと、二人の関係も他の人の間には存在しないものだと思いたかったのだ。
「ところでシュルツは、ジョイコット国が自分たちの中で我々に侵略を受けていると思ってはいないかと心配にならないのかい?」
「ええ、心配にはなりません。それは今回のことでハッキリしました。今回のパルチザンの反乱は我々に対してのものではなく、ジョイコット国に対しての単純な反乱だったようです。外交面での抗議による反乱であれば、もっと諸外国に彼らの反乱の意図を宣伝して、国際社会を味方にしようと考えるはずです。それがないということは、彼らにとって単純に国を憂いてのことだったと思われます」
「シュルツが言うのだからそうなのだろう」
と、チャールズはアッサリとシュルツの言葉を信じた。
いつものように表情を変えることなくシュルツは頭を下げた。完全に恐縮している様子なのだが、二人の間の関係は表から見ると対等にしか見えなかった。
「シュルツはやつらを掃討してみてどうだった? 戦争の指揮を執った司令官とは話をしたんだろう?」
「ええ、司令官はあまりにも簡単だったことに驚いてはいましたが、ジョイコット国の軍隊であれば、赤子の手をひねるようなものだと最初から豪語していましたからね。他の国相手であれば司令官を引き締めたんでしょうが、相手がジョイコット軍であれば、そんなことは関係ありませんからね」
どこまでもシュルツはジョイコット軍を舐めている。嫌っていると言ってもいいかも知れない。
ジョイコット軍が鎮圧されてからというもの、シュルツはジョイコット国との間に一線を敷いていた。彼らの統治は彼らで行ってもらうということで、経済援助も次第に減らしていこうと思っていた。
シュルツの狙いは、いずれジョイコット国を併合するところにあったのだが、現段階では一度計画を凍結させる方がいいと思うようになった。反乱が起こってしまったのだから、今動くのは得策ではないと考えたのだろう。この考えは間違っていなかったが、果たして正解だったのかどうか、その時は分からなかった。
ジョイコット国にはチャーリア国建国の際に、ここを隠れ蓑に使ったこともあって、王位継承の神器が置かれている。そのことを知っているのは一部の人間のはずなのだが、今では知っている人間の幅が広がった。それは反乱が起こった時の混乱で、反乱軍であるパルチザンにも、神器の存在を知られてしまった。これはシュルツが悪いわけでえはなく、不可抗力といってもいいだろう。シュルツにとってジョイコット国は、
「大した利益を得られる国ではないが、属国にしていて損はない」
と考えていた。
もしこれが他の国であればこんな差別的な発想は持たなかっただろう。なぜシュルツがジョイコット国をこんなにも毛嫌いするのか、誰にも分からなかった。
ひょっとするとシュルツ本人にも理由は分かっていないのかも知れない。理由も分からずに毛嫌いしている自分に憤りを感じているとすれば、さらなるジョイコット国への偏見は続いていくことになるだろう。
シュルツがしばらくの間とはいえ、ジョイコット国から手を引くのを考えたのは、毛嫌いの気持ちが最高潮に達したからなのかも知れない。他の国でもクーデターを起こそうとしたことがないわけではないのに、ここまで一気に手を引くことはなかった。公私混同するような男ではないだけに、私的なことではないだろう。いつもシュルツのそばにいるチャールズにも分からないシュルツの心境に、チャールズも少し不安に感じていた。
ジョイコット国から神器が消えてしまっていることが発覚したのは、シュルツがジョイコット国から手を引くと宣言してから二か月後のことだった。手を引くとはいえ、相変わらず諜報部員の配置は今まで通りに存在しているので、彼らの定期的な確認で分かったことだった。
防犯カメラの映像は秘密裏にチャーリア国へ持ち込まれ、そこで化学班の手によって解析が進められた。最初は普通に映像を見ただけでは何も映っていなかったので、化学班に回されたのだ。
チャーリア国の化学班は、全世界的にも最先端を行っていた。ニコライの所属する軍事化学班を筆頭に、様々な場所で開発が行われている。これは他の国にはない状況だった。
化学班と言っても、一つの団体にすべてが所属しているわけではない。たとえば軍だったり警察だったりの組織には、その配下に化学班なるものが存在しているが、シュルツやチャールズなどの政府首脳が化学班と口にする時は、秘密組織的な班を示していた。
この時のビデオ映像解析などに従事する化学班は、民間の電機メーカーの配下となっている化学班を隠れ蓑にして存在している。表向きはその企業の新製品開発のために秘密主義を取っているということになっているが、本当は国家単位での重要な解析を担うチームだったのだ。これであれば、他国の諜報部員にも、内部の社員に対しても欺くことが簡単で、別に怪しまれることもないだろう。
彼らの立場はあくまでも電機メーカーの科学開発部門であるが、裏では国の特殊機関である。当然国の利益が最優先で、機密を要することや、国の利益のために時として企業の利益を度返しすることから、国から企業は相当なお金が動いているようだ。その上、国の利益のために企業が損をした代償は、すべて国持ちということもあり、企業には損のないようになっている。
ビデオの解析ができたのは、化学班に持ち込まれて一週間が過ぎた時だった、
「シュルツ長官、これをご覧ください」
と言って、化学班の主任がビデオを見せた。
そこには神器が盗まれるところが映っていたが、盗んでいる人間は映っていない。
「これはどういうことだ? 映像に映らないような加工がしてあるのか、それとも超能力のようなものが働いているのか?」
と、映像に映った疑問をそのまま口にした。
「シュルツ長官。問題はまずそこではないんです」
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第3部) 作家名:森本晃次