短編集58(過去作品)
気が合う人が友達になっているのだから、自分としての結論をしっかりと持っていると話も早い。話の内容から、自分の考えていることと同じような結論が導き出される気がするので、自分としてのしっかりとした意見を持っていなければ、友達の出した結論をそのまま鵜呑みにしてしまって、意見を聞いたことが何の意味のないことに変わってしまう。むしろ、同じ結論が導き出せるということが分かったところから、本当の相談が始まると言っても過言ではないだろう。
意見を戦わせることの楽しさこそが会話だと思うようになっていた。時間を感じさせない会話は、友達が一生懸命に集中して絵を描いているのを見ているのに似ている。自分は何もしていないように見えるが、被写体に集中している友達が生み出す芸術への思い入れを少しずつ傾倒していっている時間だと思っている。同じ結論に導き出される意見と変わりはないのかも知れない。
そうやって考えてくると、次第に怖く感じてくるようになるのはなぜだろう。
言い知れぬ不安が襲ってくる。
――好事魔多し――
ということわざもあるが、余裕がある時についつい余計なことを考えすぎて、悪い方へと考えが及んでしまっているのかも知れないと感じたが、どうもそうではないようだ。
精神の安定があって、その裏側に潜む不安感、それは、友達も話していた。
「集中してキャンバスに向っていると、無性に怖くなることもあるんだ。まわりが見えていないから、もし、その時に急に何かが襲ってきても分からない。それが不安になるんだよ」
きっとそうだろう。もし自分が同じ環境にあっても同じであるに違いない。
「じゃあ、僕が横から見ているのはどうなんだい?」
遠まわしに、
「お前が横にいると気持ち悪いんだ」
と言われているように思ったからで、だが、彼の口から出た言葉は違った。
「結構安心するんだよ。じっと見られていると、集中が削がれる瞬間もあるんだけど、その時に無意識にまわりを見ることができるんだ。それが本当の一瞬なんだけど、安心するというべきだろうね」
友達は面白い話をしてくれた。
「人間って、一瞬の間にいろいろなことを考えられる動物なんだよ」
「どういうことだい?」
「夢を見るだろう? 夢って見ている時は結構長い物語のように思えるんだけど、実際には起きる前の数秒の間で見るものらしいんだよ」
「そうなんだ」
「潜在意識が見せるものなので、ほとんどは意識の中にあるものらしいので、きっと一瞬の間に、ものすごいスピードで潜在意識が巡っているんだろうね。夢から覚める時に頭の切り替えが必要なんじゃないかな? だから夢から覚めるにしたがって、夢の内容を忘れていったり、目が覚めてしまうと、夢の内容が平面的に短く感じられたりするんだと思うんだ」
確かにそうかも知れない。
彼のいう、平面的な短さという意識には傾倒されるものがあった。夢から覚めてくるにしたがって夢を忘れてしまっている。ついさっきまで見ていたような感覚にあるのは、夢全体が平面に感じられるからだと思えば、何となく納得できるような気がするのだ。
夢の内容でも覚えているのは、本当に怖い夢だったりする。インパクトが強いものというよりも、
――忘れたい――
と感じるものほど、頭に残っているのだろう。忘れたくないと思っていると、必ず忘れてしまうのは、皮肉なことだった。
井上は、ここ最近、自分に似た人をよく見かける。いつも同じ人を見ているはずなのだが、顔を見るのは一瞬なので、顔が似ているのはその一瞬感じることだった。だが、一度気になってしまうと、頭から離れなくなってしまう。そんな時に思い出すのが、自分が不器用であるという感覚だった。
自分も相手を意識しているのと同じように相手も自分を意識しているのではないかと思うと、相手の気持ちになって見ようとする。左右の手で違ったことができない不器用な自分なのに、自分に似た人の気持ちになることができるのは不思議だった。手に取るように向こうが意識している自分を客観的に見ることができた。
――やはり自分に似ている人だからなのかも知れない――
それ以外の人が自分を見ている時に、客観的に自分を見ることはできないから余計にそう思ってしまう。錯覚かも知れないが、錯覚にしては一度や二度感じることではなかった。
そんな時に夢を見た。
絵を描いている自分の被写体の中に、自分に似た男が現れるのだが、絵を描いている時には、不思議とその男の存在に違和感を覚えることはなかった。
だが、絵を描き終えて男を見ると、まさしくその顔は自分であることに気付くと、次第に気持ち悪くなり、夜道を歩いていて後ろから迫ってくる靴音が耳について離れなくなるのだ。
額からは玉のような汗が滲んでくる。よく見ると男の額からも汗が滲んでいる。まるで鏡を見ているようだ。
男が不適な笑を浮かべる。
――自分も同じような顔を浮かべているのだろうか――
と感じたが、次の瞬間、男の手に光るものが握られているのを感じると、さらにゾッとしてしまった。
果たして握られたナイフが夢を見ている井上の心臓を貫く。一瞬呼吸ができない感覚になったかと思うと、後は夢から覚めるのを待つだけだ。気がつけばベッドの中で掛け布団を握り締めている。
「夢か」
安心したが、何とも気持ち悪い夢だった。
冷静になって考えると、夢の中で今までにも自分が出てきたことが何度もあるが、その時は夢の主人公である自分と、夢を客観的に見ている自分との二人を感じていた。きっと主人公の自分が、客観的に見ている自分を襲った夢なのだろうが、今まではいくら夢とはいえ、同じ次元で見ることはできないはずだった。恐ろしさを感じたのは、殺される恐怖ではなく、同じ次元に存在しえない二人が出会ったことだったのだ。
――時々見かける、自分に似た人を意識しすぎているからかも知れない――
不思議と自分に刺されるという恐ろしい夢を見た次の日から、自分に似た人を見かけることはなかったのだが、最近友達から言われることとして、
「お前、どこか性格が変わったように思えるんだ」
「どこがだい?」
「ハッキリとは分からないが、時々、本当に同一人物かと思うくらいさ。まるでお前の中にもう一人違う人がいるみたいにな。二重人格じゃないのか?」
と笑いながら言われるが、
――貫かれた心臓からもう一人の自分が現れたのか、それとも、もう一人の自分が本当にどこかに存在していて、似ている人が現れたのが前兆で、夢の中を介して乗り移ったのかも知れない――
馬鹿げているが、真剣に考えてしまった。どちらにしても、二重人格を意識するには、誰にでも同じようなことがあるのではないかと感じる井上であった……。
( 完 )
作品名:短編集58(過去作品) 作家名:森本晃次