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短編集58(過去作品)

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 ひょっとすれば、どこか外国にでも行っていて、帰ってきたばかりなのかも知れないと考えたが、おみやげを持っているわけでもない。電車内なのに、まわりに全体に庇のついた帽子をかぶっていて、ずっと表を眺めている。
 風があるわけでもないのに、手で帽子を抑えている。それが、その女性のくせなのかも知れない。
 どうやって話しかけたのか覚えていない。それだけ緊張していたのだろう。電車内で女性に話しかけることはそれまでにもあったことで、忘れてしまうほど緊張するなど、あまりなかったことだった。
 最初はぎこちなかったが、意気投合した。彼女は一人旅の途中で、
「目的はなんですか?」
 と聞くと、
「ハッキリとは分からないんですが、無性に旅に出たくなることがありますの、寂しがり屋なんですね。でも、帰ってきてから思い出すと旅に出たこと自体が寂しいと思うんですよ。おかしいですよね」
 と言いながら、苦笑いをしていた。
 桜井の女性の好みについては、人によって見方が違う。それは桜井とどれだけ親しいかによって違ってくると言ってもいいだろう。
「やつは誰でもいいのかも知れないな。絶えず目で女性を追いかけているように思えるからな」
 という人もいれば、
「いや、あいつは分かりやすい性格なんだよ。誰でもいいように見えるけど、共通性はあるのさ」
 という人もいる。
 前者は比較的最近知り合いになった人で、後者は結構長い付き合いの人である。口の悪いやつなどは、
「桜井は人が好きになるタイプの女性とは違うタイプが好きなようなので、喧嘩にならなくていいわな」
 というやつもいる。だが、桜井本人はそうは思っていない。
――ちょっとしたニアピンさ――
 誰もが選ばないだけではなく、好きになるタイプは物静かであまり目立たないタイプが多いだけのことである。もちろん魅力がないわけではない。他の人が目を奪われるような美人に対して、それほど興味を示さないだけである。
 最初からダメだと思うものに手を出さない性格でもあった。
 目標に向って努力はするが、最後に決定する時は冷静で、シビアである。人によっては冷たく見えるらしいが、自分の中では葛藤を経ての結果なので、何も冷たいわけでもない。
 自分の女性に対する基本は、白いドレスの女性である。帽子をかぶっていて、まわりに庇のついた白い帽子、ちょうど、夢に出てきたような女性がタイプである。
 夢に出てくる女性は理想の女性が多く、いつも、
――どこかで見たことあるんだよな――
 と感じている。いつかどこかで見た女性が印象的で、その面影が忘れられないからに違いないが、イメージとしては後姿、そして白い色が映えていた。
 だが、何か気持ち悪さが残っているのも事実である。白さが艶やかに見えていたわけではなく、ボンヤリと浮かび上がっていたような雰囲気に感じるのは、夢で見ているからだけではないように思える。初めて見た時から白くボンヤリと浮かびあがって、幻想的な雰囲気を醸し出していたのだろう。
――まわりが暗かったからではないだろうか――
 と感じるようになったのは、金沢への出張の時が初めてだった。
 夢から覚めて、意識がある程度しっかりしてくると、汗を熱は下がっているようで、ある程度頭もスッキリしてきた。
 身体にへばりつくような汗の気持ち悪さだけが残っているようで、まずはシャワーを浴びることにした。
 シャワーを勢いよく流すと、浴槽に飛び散る水線から湯気が昇ってくる。身体に当たる感覚が心地よく、毛穴を刺激し、引いていた風邪もすっかりよくなってきたことを感じさせられる。
「ああ、サッパリした」
 思わず声に出したくらいである。
 浴槽の鏡は湯気が充満しているわりには、綺麗だった。隣にはトイレと洗面所があり、ユニットバスになっている。ビジネスホテルの特徴であるが、本来であれば、桜井はユニットバスを嫌っていた。
――トイレの隣に浴槽があるなんて、落ち着かないな――
 日本的な考えには違いないが、同じような考えを持っていて、口に出さない人も多いだろうにと思う桜井だった。
 シャワーを閉じて、大きなバスタオルで身体を拭く。洗った頭をドライヤーで乾かしながら、自分の表情を見ていた。
「こんなに髭が多かったかな?」
 元々髭は濃い方ではない。数日間剃らなくともあまり目立たない方なので、目立ち始めてからしか剃らなかった。
「毎日剃っていると、濃い髭が生えてくるぞ」
 と言っていた友達の話を気にしていたからだ。無精ひげでもない限り、毎日剃る必要もないと考えるのは、自分が合理的な考え方だと思っているからだ。見た目にいいか悪いかだけ気にしておけば、それ以上気にする必要などなかった。
――とりあえず、髭を剃るかな――
 浴衣を着て、ホテル備え付けの髭剃りを袋から破く。これも備え付けのシェイバーを口に塗りこんだが、やはり備え付けだけあって、かなり粗末である。
 元々髭は電気かみそりでしか剃ったことがないので、どうしていいのかもピンと来ない。散髪の際に髭剃りをしてもらう程度であったが、剃り味は抜群で、さすがにプロだけあって、剃り跡が気持ちよい。
――自分にはそれほどのテクニックはないな――
 というのと、どうしても面倒くさがりなので、鏡の前でじっとしている時間が面倒くさかった。シェイバーを使うというのも面倒で、却ってそりの腰がある方が野生的に見えるとも思い、電気かみそりの世話になっていた。
 自分で剃ることがこれほど楽しいと感じるなど、思いもしなかった。顔の表皮をまるでラッセル車が雪を掻き分けて走るように、綺麗な肌が現れてくる。さらに、髭を剃る時に指に掛かる摩擦感と、耳に響いてくる剃れる時のざらついた音が実に心地よく感じられる。口元がスースーするのは、シェイバーにミントの効果があるからに違いない。それも心地よさの一つであった。
 しかし、一旦口元からシェイバーの泡がある程度消えてしまってお湯で顔を洗うと、スッキリしているはずの髭が、ほとんど剃れていないことに気付く。
――いったいどうしたんだ――
 自分で想像した最低の切れ味にまでも至っていない。粗末な髭剃りであることは十分に認識しているので、ある程度贔屓目に見ていたはずなのに、そのレベルにまでも至っていない。
 再度シェーバーを顔に塗りつける。すぐに塗りつけるとヒリヒリしてくる。髭剃り負けしている証拠である。
――おかしいな。これだけ痛いんだから、キチンと剃れているはずなのに――
 指で剃り跡を確認してみると、やはり、綺麗に剃れている感覚である。鏡に写った自分の口元と、実際に触った感覚とがかなり違っていることを示している。
 必死になって髭を再度剃っている。冷静になれば、そこまで必死になることもないはずであるが、その時は剃ったはずの髭なのに、剃る前よりもさらに無精に見えてしまっていたことをあらわしているだろう。
 ムキになればなるほど、指に力が篭められるせいか、眩暈がしてきた。せっかくよくなった風邪がぶり返したのかも知れない。
 起きた時にはちゃんとベッドで寝ていたのだが、その時に見た夢の中で確かに好きな女性が出てきたようだった。
作品名:短編集58(過去作品) 作家名:森本晃次