短編集58(過去作品)
その時に、数人の女性と付き合っていたのだが、彼女との結婚を決意した。それまで結婚しようとは思っていたが、誰とするかということを悩んでいて、それぞれに一長一短あり、相手を決めかねていた。
――夢に出てくるのだから、それだけ意識をしている証拠だ――
皆それぞれに結婚を意識して付き合っていた。相手にしてもそうだろう。もし、私が違う人を選んで結婚したとなれば、かなり恨まれることも覚悟しなければなるまい。
髭を剃っている時、自分の顔と鏡に写った顔とはかなり違っていることに気付いた。
――声だってそうだよね――
自分で話しているのを聞いているのと、人が聞いている声とはかなり違っているはずだ。それは自分の声をレコーダーに吹き込んで聞いた時に、ハッキリと感じた。中学の頃に、当番で昼休みの放送をしたことがあったが、その時、後から聞かせてもらったテープで聞いた自分の声に愕然としたものだった。
「これが俺の声?」
「ああ、そうだ。皆自分の声を聞くとビックリするよな。だけど、皆が知っているお前の声は、このテープの声なんだ」
と声を聞かせてくれたが、鏡に写る自分の顔にしてもそうだが、意外と自分のことを一番知らないのは、自分であったりする。そのことを金沢のホテルで認識したのだった。
友達の家へと向う坂道を降りていく道のり。それは金沢で歩いた道に似ている。どうしても思い出すのだ。
付き合っていたうちの一人の女性が言っていた言葉、強がりには違いないが、
「夜道には気をつけてね」
今さらながらに思い起こされる。
だが、本当に怖いのは他人ではない。自分自身ではないだろうか。
靴音が後ろから迫ってくる。
「カツッカツッ」
近づいてきているが、音は大きくなって来ない。絶えず同じ距離を保ったままの靴音、それは少し前に歩いた自分の靴音だったに違いない……。
( 完 )
作品名:短編集58(過去作品) 作家名:森本晃次