欠けた満月の日
声はほとんどでていなかった。吐息のようなつぶやきをかろうじて聞き取って、望はうなずいた。顔を動かした反動で涙がこぼれ落ちた。彼の口の端が震えながら少し上がる。
将斗の頬に涙が伝った。
望は何度もうなずいた。いつも助けてもらった。生きる力をもらった。過去も今もきっと未来も――
将斗の体から力が抜ける。望はあわてて支えた。ゆっくりと傷口が痛まないようにと彼の体を布団に横たえる。
「……先生?」
半分目を開けたまま、将斗は動かなくなった。瞳にたまった涙はこめかみに流れ落ちていく。
「先生!」
反応しなかった。先ほどまで熱を持っていた体から急速に熱が奪われていく。泣きじゃくりながら彼の体にしがみついた。出血を止めようと傷口を押さえた。加減がわからず、手のひらが血まみれになるのもかまわず押さえ続けた。遠くから救急車のサイレンが聞こえた。
皆既月食の空は、冷え冷えとして冬の風が吹きすさんでいた。
***
しばらくして救急隊員が入ってきた。涙は枯れ尽きて、担架に乗せられる将斗を黙って見ていた。
「あの男は生きていたようだよ」
全身複雑骨折のようだがね、と村田は言った。「あの男」を思い出すのに時間を要した。心の冷えたところで、将斗が助かればもうどちらでも構わないと思った。
「連れ合いさん、あんたは警察の車で帰りなされ。マサ坊には私が付き添うから」
「……いえ、連れ合いではなく、妹です」
「ほう、妹」
村田は白い髭をいじりながら言った。泣きはらした顔で望はこっくりとうなずく。村田はまじまじと望の顔を見て、何度もうなずく。
「ずっと探しとった家族を……ようやく見つけたんだな」
優しい、本当の祖父のような温かみのある響きだった。ずっと探していた、という言葉を何度もかみしめる。
「では妹さん。付き添うかね」
「はい」
望は答えた。家の外に運び出される将斗についていきながら、もう二度と大切なものを失いたくないと思った。彼の重い荷物を半分下ろしてやりたかった。将斗が妹だと思ってくれるなら、妹でいようと思った。この四年の間抱いていた想いは、全部この山に捨ててしまおうと思った。
将斗の顔を冷風がさらっていく。望は空を見上げる。皆既月食が終わり、満ち始めた月が輝きを放っている。
満月は終わりと始まり、欠けて満ちる月は新たな旅立ち――