欠けた満月の日
欠けた満月が望を照らす。満月なのに欠けることを止められない月、しばらくして完全に輝きを失って、また満ちて沈んでいく月。
将斗の髪が頬をくすぐる。手の内側がじんわりと汗ばんでいる。
今なら素直な気持ちを言えるかもしれない、そう思って将斗の方を見ようとしたその時――
突然、彼は体を離して望の腕を引いた。肩から腕が引きちぎれような痛みが走り、望は地面に膝をつく。
望の手を引いた姿勢のまま、将斗の顔に黒髪が覆いかぶさっている。大きな手から力が抜け、望の手が滑り落ちる。
「……先生?」
何が起こったのかわからず呆然としていると、彼が土に膝をついた。そのうしろから黒い人影が姿を見せる。
「あーあ、失敗しちゃった」
闇の中で間の抜けた声が響いた。男性の声だった。記憶の底に揺さぶりをかける重みのある声が脳内で響く。血液が逆流したかのように心拍数が上がる。気持ちの悪い汗が噴き出す。影が動く。地面にへたりこんだまま、足に力が入らない。手が勝手に震える。暗闇の中で何かが不気味にきらめく。赤いものが視界に入って――
「ほんと、邪魔してくれるよね、滝川」
近づいてくる影に、将斗がふり返る。わき腹を押さえたまま鈍い動きで立ち上がり、揺らめく影を睨みつける。
「東堂……」
将斗はつぶやいた。
人影は月明りに照らされ、その姿を現した。
東堂、坊主頭に眼鏡の学生――と記憶が蘇ったけれど、目の前にいる人物の風体は違った。
何年も切らずに放置された蓬髪、顔を覆いつくす髭、不自然に上がった口角、体にまとう黒いウィンドブレーカー、ゆるみきった肉体、掃きつぶした運動靴。
黒縁眼鏡の奥で光る瞳に見覚えがあった。高校三年の冬の終わり、望の手首を握ったあの男だった――