ジャスティスへのレクイエム(第2部)
それまで平和利用と並行で核兵器の開発も行われてきたが、平和利用すら反対するようになってきた。
「国民がここまで敏感になるなんて」
核兵器の危機を以前から唱えていた教授だったが、まさかここまで国民が核兵器を毛嫌いすることになるなど思ってもいなかった。
「確かに核兵器は恐ろしいものだが、核エネルギーは正しくさえ使用すれば、これほど強力な資源はないんだ。核エネルギーに対して、国民はあまりにも勉強していない」
嘆いても仕方がない。
研究所では最初から核兵器開発は行っていなかったのだが、教授は途中から、
「核エネルギーを効果的に使用すれば、最小限の被害で、最大の効果を生み出すことができる。それが相手の繊維の喪失なんだ」
と思うようになっていた。
核兵器の開発を行わなくなったからと言って、戦争がなくなったわけではない。むしろ相手が核兵器を使わないと思うようになった分、相手を攻撃しやすくなった。
それは交戦する方も同じこと、相手に先に攻撃される前に攻撃する、
「先制攻撃」
の作戦が考えられるようになった。
そのため、迎撃用のシステムが必要になった。
「こちらから攻撃するより、相手に攻撃させて首尾よく撃退できれば、相手の出鼻をくじくことができ、緒戦で優位に立つことができる」
これこそ専守防衛の考え方で、
「相手に攻撃されている間に攻撃する方が効率がいいということを、相手に悟られずに進めることができれば、戦争は勝ったも同然だ」
と言えるものだった。
いわゆる
「攻撃は最大の防御」
と言われるが、その言葉に裏があるとすれば、まさにこの専守防衛の考え方ではないだろうか。
シュルツが考えていた専守防衛は、ただ守りに徹するだけで、好機をじっと待っている作戦だったが、さらに一歩進めた考えを示したのが教授だった。
教授も一人では具体的な案は浮かばなかったに違いない。あくまでも理想論として、自分の研究のテーマに掲げ、
「これを達成できれば、私は一区切りつける」
と考えていた。
しかし、その一区切りもこんなにすぐにやってくるとは思ってもいなかったのだが、考えてみれば、好発想などちょっとした思い付きから生まれることも少なくない。ただ、思い付きにも何かのきっかけがなければいけない。教授にとってそれは、
「ニコライとの出会い」
だったのだ。
ニコライには特別の考えがあった。
民間で兵器研究に勤しんでいたのだが、いつも人とは違った発想をしていて、まわりからはバカにされていた。
「お前の発想はどこかズレてるんだよな」
と言われていたが、そのどこかが何なのか、誰も何も言わない。
要するに誰も分かっていないということだ。
漠然と違和感だけを感じ、人と違った発想だということだけで、
「ズレている」
と言わしめる。
全体意識の悪いところの典型なのだろうが、ニコライは気にすることはなかった。今までの差別に比べれば、何でもないことだったからだ。
だが、自分では何も感じていないつもりになっていたが、実際には精神的に蝕まれていた。どこかで発散させなければいけない負のエネルギーが精神的に溜まっていたのだ。
そのことをニコライは自分で気付いた。普通であれば気付くことなど稀なのだろうが、それだけニコライは天才だったということだろう。
戦争や兵器の研究に勤しんでいると、時々我に返ることがある。その時、自分を見つめなおすのだが、その時に気付いたのだ。
もっとも我に返るということまでは気付いているが、自分を見つめなおしていることまで自覚していない。だからこそ、ニコライには気付けたのだ。
さすがにニコライは科学者である。
自分の精神状態から、兵器開発のヒントを得ることに成功した。
「そうだ、これだ。負のエネルギーをいかに利用できるかということが重要なんだ」
と考えた時、次の課題は、
「いかにして、その負のエネルギーを作り出すか?」
ということだった。
負のエネルギーというのは仮説であり、ニコライが考えているだけのもので、実際に形になっているものではない。しかもニコライの思っている負のエネルギーというのは、莫大な力を必要とする。そんなエネルギーというと、核エネルギーしかないではないか。
核エネルギーを思いついた時、すでに国民の間では核エネルギーに対しての疑問が沸騰し、すべての核エネルギーを悪だと決めつけ、非核運動が過熱していった時代だった。そんな時代にも関わらず、いまさら核エネルギーを使用する兵器開発など、国家が許可するはずもない。ニコライはジレンマに陥ってしまった。
そんな時、声を掛けてくれたのが教授だった。
教授も専守防衛に行き詰まりを感じていて、いかにして、相手に悟られず、戦意喪失させて、こちらが有利になるように戦争を終わらせることができるかという研究を進めていた。
教授はニコライにそれとなく相談してみたが、最初ニコライは教授も自分と同じことを考えているとは思っていなかったので、適当に返事はお茶を濁していた。
ニコライには、
――自分と同じ発想をする人が、この世にいるはずはない――
と考えていた。
元々ニコライの発想の多くは、夢を見て、その中にヒントを見つけることから始まったからであって、自分の発想は同じように夢から得られるものでなければ成立しないと思い込んでいたからだ。
実際に、今まで自分と同じ発想の人がいたことはなかった。
「お前はズレている」
と言われるくらいなので、それも当然だろう。
しかし、そう言われることを最初は嫌だったが、そのうちに、
――これが私の私たるゆえんだ――
と、まるで存在意義を見つけたかのような密かな喜びすら感じるようになっていた。
研究は密かに行われた。
核兵器の開発を行っているなどと世間に知られると、下手をすれば軍の機密の漏えいを疑われ、研究どころか軍を追われることになる。もっというと、軍の存続にかかわってくる問題だった。
教授には秘密で開発が行えるシェルターが存在した。これは国家の最高機密に値するものだったが、それだけ教授は国家から信頼されていたのだ。
今回の核開発に当たり、教授は誰に相談するか、かなり迷った。軍首脳には話はできない。だからと言って、このまま誰にも言わずに開発を続けることは困難だった。
誰かに話を通しておけば、何かあった時力になってくれる人を捕まえておかなければ、自分たちの身が危ないからだった。
「相談するなら、一人しかいませんよね」
とニコライとの意見も一致した相手というのがシュルツだった。
二人の判断は間違っていなかった。シュルツに相談を持ちかけると、
「そうか、私も実は君たちと同じ発想を抱いていたんだ。信じてもらえないかも知れないが、ある日、夢の中でこの発想を唱える人がいたんだ。夢から覚めてから、それが誰だったのかは覚えていないのだが、内容はハッキリと覚えている。核兵器とはいえ、小規模なものであって、放射性物質を放たなければ、それはもはや核兵器ではない。そんな兵器を開発できれば、本当の意味での恒久平和が保たれるとね」
ニコライは耳を疑った。
――私と同じように夢の中で発想できる人がいたんだ――
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次