ジャスティスへのレクイエム(第2部)
そう思うと、急にシュルツを身近に感じることができ、国家首脳でありながら、まるで親戚のような身近さが感じられた。
シュルツは自国の軍で開発された兵器は、国家の最重要機密事項としていた。国外に武器弾薬を輸出したり、ライセンス契約を結んだりしているのはあくまでも民間企業によるものだった。
だが、今回開発された小型の核兵器は、単体での実験にまではこぎつけたが、実践で実験するわけにもいかず、考え抜いたうえで、民間からの輸出として実践で使用してもらうようにした。
もちろん、効力は本当の兵器の十分の一程度のもので、相手の戦意をくじくなど程遠いものだった。相手にジャブ的な一撃を加える程度のもので、どちらかというと兵器というよりも武器というくらいであった。したがって一発では効力がないので、複数発を使用することで破壊力が増すというものだった。
ただ、核兵器であるのは間違いない。実際の効力に値する破壊力を抑えただけで、使用する核エネルギーに関しては変わりはなかった。
これはライセンス契約ではなく、兵器の輸出のみしか行っていなかった。輸出先にはこれが核兵器であるということは隠している、知らなければ普通に使っている分に、核兵器であるということを看過される恐れはなかった。
ただ、放射能は若干だが放出されていた。人間に害のないもので、核の力として利用しているのはあくまでも起爆剤としてだけであった。実際の兵器としての力と核兵器の効力とが均衡した時、最大の効力を発揮する。それが相手の戦意を喪失させるもので、その力は破壊力というよりも、相手の度肝を抜く兵器だということをニコライと教授はシュルツに説明していた。
シュルツは単体の実験には見学に訪れていた。シュルツが一兵器の、しかも単体実験に顔を出すなど異例なことで、他の研究員はビックリしていた。しかも、その実験には同じ研究所の人もシャットアウトされていて、実験が行われたことすら箝口令が敷かれていた。
「これは素晴らしい」
実験を見たシュルツの第一声だった。
「ご満足いただけたのなら光栄です」
と教授は言った。
「こんなことができるんですね。まるでマジックを見ているようだ」
とシュルツがいうと、
「いいえ、これはマジックなどではありません。いくら信じられないような現象を見たとしても、これは兵器であることには違いないんです。殺傷能力もありますので、そのあたりはお間違いないようにしていただきたく思います」
と今度はニコライが答えた。
「そうだな。兵器なんだよな。でも、これで相手の戦意を喪失させることに一役買うことができるんじゃないかって思うよ」
「そうなってもらえば嬉しいです。我々も兵器開発をしていると、民間でも同じことを思うのかも知れませんが、兵器の開発というのは、堂々巡りであって、いたちごっこの様相を呈していると思うんです。終わりのないものとしてですね。でも、本当に終わりが来るとすれば、それは核戦争であり、世界の滅亡を意味するのだとすれば、私は少しでも相手の戦意を喪失できる兵器の開発が、人類滅亡を迎える前に恒久平和を迎えることができるんじゃないかという期待を持つことができるような気がするんですよ」
と教授はしみじみと答えた。
この研究で、ニコライは途中でハイテンションになっていたようだ。研究をしていると、集中力を高めすぎてどうしてもハイな状態になりがちなのだが、ニコライは比較的冷静な方だった。
そんなニコライがハイになるのだから、この研究にはそれなりの魅力と魔力が共存している。さすが教授は年齢的なもので落ち着いているのか、ニコライを窘めながら研究に熱中していた。
単体での実験は、あまり広い空間を使うわけにはいかなかった。何しろ他の人に何も悟らせないようにしなければいけない状態だったので、狭い空間を必要とし、それだけ実験も小規模になる。
「小規模ではありますが、効果の面でいけば十分に発揮できると思います」
とニコライが答えた。
ニコライは、尊敬しているシュルツ長官を目の前にして緊張もしていた。ハイテンションに緊張が加わって、少しおかしなテンションになっているニコライだったが、やっと単体の実験にまでこぎつけることができたことに喜びを感じていた。
実験は大成功を収めた。何と言ってもシュルツ長官に、
「これは素晴らしい」
と言わしめたのだ。
「こんなことが実際に起こるなんてビックリですね。かつて聞いたことがあった中性子爆弾の話を思い出しました」
とシュルツは続けた。
「中性子爆弾の研究も、水面下では進めています。でも、理論上はできなくもないんですが、コストの面で実用化が難しいのではないかと思っています。ひょっとすると考え方が間違っていて、もう少しコストを抑えられるのかも知れないと思い、そちらの研究を水面下で行っています。でも、予算の関係もあって、少人数でしかできません。そのため、研究が暗礁に乗り上げているのも事実なんです」
ニコライがシュルツに話した。
それを聞いていて、教授は何も言わない。本当は軍の機密として、いくら長官とはいえ話してはいけないことのようにも感じられたが、教授が何も言わないということは、教授自身もこの考え方に賛成で、むしろこの考えは教授のものなのかも知れない。それを敢えてニコライが口にするというのは、目に見えない上下関係が二人の間に存在していると思うのはおかしなことであろうか。
「これはまだ初期段階の実験なんですよね?」
とシュルツがいうと、
「ええ、まだ表に出すことができない状態なので、秘密裏に進める関係で、破壊力を最小限に抑えています。実際に使用する時は、この十倍ほどの破壊力を伴いますが、本当の効果は今ごらんになった状況と変わりはありません」
ニコライは答えた。
「じゃあ、破壊力というのは、効力の範囲だと思っていいのかな? この十倍の範囲でこの効果があると」
「ええ、その通りです。いったん打ち込まれると、目に見えない放射能の輪ができて、そこにすっぽり包まれた範囲内で、この効果が現れます」
「放射能? 放射能が出るんですか?」
「ええ、もちろん核のエネルギーを起爆剤にしていますので、それは仕方のないことです。しかし、あくまでも起爆剤。核エネルギーを確認できるのは、放ってから十分ほどです」
「なんと。十分もすれば核の痕跡が消えてしまうということですか? もしそれが事実だとすれば、本当にすごいことだ」
「それを今から証明しようというわけです。こちらをご覧ください。これは破壊された周辺の核反応を表す計器になります」
そう言って、ニコライは景気をシュルツに見せた。
計器はシンプルなもので、核エネルギーの力を示すものと、周辺の危険度を表す警告機の二つであった。
「そろそろ十分が経過しようとしています。さっきまではここの針がマックスまで触れていましたが、ここに引いてある線を下回れば、核としての効力はなくなり、他の機械で計測した場合、核反応を認めないほどの微弱な反応になります」
そう言ってニコライの示した計器の中心くらいに線が引いてあって、どうやらそこが警告レベルの境目のようだった。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次