ジャスティスへのレクイエム(第2部)
だが、この話は今教授を目の前にしているから納得するのであって、一人になって思い返した時、本当にまた納得できるかというと、疑問に感じた。それだけ教授から得られたオーラには眩しいものがあり、
――オーラのせいで、納得していないことまで納得できた気になっているだけなのかも知れない――
と感じていた。
だが、教授と離れて一人になって思い返してみても、気持ちは変わらなかった。
――どうして、納得できないように思ったんだろう?
と感じたが、それは話の内容が今まで想像もしたことのないような話で、初めて聞いた自分がまるで赤ん坊のような初々しい頭で聞いてしまったことが影響しているのではないかと思った。
――我に返るというが、本当に一人になると我に返るんだろうか?
教授と一緒にいる時と、一人になって考える時の頭の中のギャップは、自分で思っていたよりも大きなものだった。
核兵器の話も、今までのニコライだったら、容認できる話ではないので、話をされても説教されているように思い、意固地になってしまったことだろう。しかし、教授との話では意固地になるというよりも、自分の考えとは別の考えがあることに気付かされた。それは自分でも容認できるかもしれないという考えで、今までの自分の中で、一つの案件の中では、複数の容認できる考えがあるなど、ありえないことだったからだ。
核兵器の開発は、すでに行われていて、ニコライは途中からの参加になるようだった。
「君にとっては、容認できないことかも知れないけど、一緒に開発に勤しんでくれないか?」
と言われたが、
「私独自の考えで進めてみたいと思うんですが」
と教授に言うと、教授は少し考えて、
「よろしい。まずはどんなに小さなものでもいいから、自分で納得がいく結論を示して、我々に説明してもらいたい。それが最初に君に課す課題だと思ってもらいたい」
「課題ですか?」
「ええ、ここでは皆協力して研究をしているように見えるだろうが、実はそれぞれに分業して研究しているんだ。それは人の尊厳を崩さないという意味でも重要なことで、研究の過程において、協力だったり人の意見を取り入れるというよりも、自分の納得のいく答えを探し出すというのが完成への近道なんだ。だから君を選んだ。君にはその素質が十分にあると思ったからね。共同で開発しながらアウトローのような素振りを示している人の中には研究者としての資質に溢れている人が多いということさ。もちろん、君もそのうちの一人なんだけどね」
と教授は言ってくれた。
「そう言っていただけて光栄です。私もそんなことを言ってくれる上司の下で研究をしてみたいと常々思っていたので、本当に嬉しく思います」
と、ニコライは感無量だった。
教授とニコライは、他の研究員とは個別に研究を進めるようになった。元々、この国の軍隊における研究所の在り方は、半官半民が基本だった。半分は志願兵の中から徴収するやり方と、民間からスカウトしてくるやり方だった。そのため、内部での派閥や確執は以前から存在していて、最初から軍にいる人と、民間からスカウトされた人たちが一緒に開発に従事するということは慣例としてはなかった。
だが、教授は元々からの軍部の人間である。今までの慣例からすれば民間からのスカウトであるニコライと教授が組むのは慣例違反となる。
もちろん、だからといって何かの懲罰があるわけではない。ただまわりの目が厳しくなるだけで、一般の研究員だけではなく、上層部からの賛否が分かれていた。
この国の軍隊には、軍隊の中に大学が存在している。もちろん有事には隊内での大学は一時閉鎖され、臨戦態勢になるのだが、それ以外の時は大学として運営されている。軍の中で出世したい人は叩き上げからだけではなく、勉強して大学に入学し、卒業することができれば、官僚と同じ扱いで、キャリアである。教授は頭脳明晰だったが、家庭が貧しかったので、大学はおろか、高校もまともに卒業していなかった。軍への入隊は、民間よりも軍に入隊した方が、出世できると判断したからだった。教授が入隊してすぐ大学制度ができたが、持ち前の頭の良さから教授はトップで合格し、在学中もずっとトップ、当然のごとく卒業時も主席だった。
「このまま隊に戻って官僚になってもいいし、大学に残って研究をしてもどちらでも構わないよ」
と大学側から言われ、元々研究するために入った大学なので、
「研究したいので、大学に残ります」
と二つ返事で了承した。
研究員として頭角を現した教授が、若くして教授に昇進し、軍の中の研究室で、日夜兵器の開発を進めている。
教授のモットーとして、
「いかに自軍の被害を最小限に抑えることができるか」
という言葉を掲げ、何とか相手の戦意を喪失させるような兵器の開発に明け暮れていたのだ。
核兵器の開発は、先の世界大戦末期で一応の完成を見た。
一つの街が廃墟になり、そのおかげで戦争はそれからすぐに終結した。史実だけを並べれば、
「核兵器を使用したことで、戦争をやめることができた」
つまりは、
「相手の戦意を喪失させた」
ということで、核兵器こそが戦争を抑止するものだとして考えられるようになった。
「核保有神話」
と呼ばれるものだった。
だが実際には一国が核兵器を持っていることで、一国絶対主義だったのだが、他の国でも開発に成功すると、世界の軍事バランスが崩れてくる。
――一触即発――
という危機が背中わせに、
――世界の滅亡――
を意味することとなり、これほど深刻な問題に発展しようなど、核開発を目指していた科学者やそれを使用した政治家には分かってなかったことだろう。
平和が核兵器の下で作られているのだとすれば、それはあまりにも薄氷である。一か所g踏み間違えると、いたるところにヒビが入り、あっという間に氷は水の底に消えていく。それこそ世界人類の滅亡を意味するものだった。
だが、それは軍拡の中で、
「核兵器は相手の国を滅亡させる最終兵器」
として重宝され、持っているだけで平和が守れるという謂れのない神話を生み出す結果となった。
しかし、その核兵器を別の意味で使い、最小限の効果で、相手にいかに戦意を喪失させるかという課題も無理ではないと、教授は早い段階から気付いていた。
だが、核兵器というのが強大な兵器であるという固定観念から、誰も教授の意見に耳を傾ける人はいなかった。
教授の方も、
「自分で説を立てたのはいいが、説得できるだけの材料と結果がない。これでは誰も核兵器の本当の使用法に気付かないまま、世界は滅亡に向かっているように思えて仕方がない」
と、独り言をいうこともあった。
そんな教授の説に耳を傾けるようになったのは、核兵器が本当に世界滅亡を意味していることに国民が気付き始めた時だ。
一触即発の危機だったのだが、その危機を何とか乗り越えたのだが、国民の核兵器への味方がまったく変わってしまった。
「持っているだけで平和が保てるなんて時代は終わったんだ。これからは持っていれば破滅と背中合わせだということを身に染みていかないといけない」
と言われ始めたのだ。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次