ジャスティスへのレクイエム(第2部)
「そう、その通りなんだよ。いろいろな方法があるだろう。先制攻撃を加え、相手の出鼻をくじくという方法、または諜報活動で、相手国に戦争の厭ムードを作る方法、専守防衛の中で、一度でいいから相手の中核を破壊するほどのダメージを与えることができるかなど、いろいろある。特に最後の相手へのダメージは、何も戦闘による攻撃の必要はないんだよ。たとえばサイバー攻撃などで、相手が何もできないようにするというのも一つの作戦だよね。でも、今の世界はサイバー攻撃には敏感になっていて、ちょっとやそっとのサイバーでは、相手に何もできないようにできるわけではない。しかし、核の力を使えば、相手をコントロールすることができるのではないかと私は考えている。実際にシュミレーションもしてみたんだけどね。どうだい? 君も私の研究に協力してくれないか?」
と言ってきた。
「私が軍を離れるわけにはいきません」
というと、
「それは大丈夫だ。シュルツ長官に私が口をきいておいたから、多分そのうちに、君に打診があると思うよ」
とシュルツの名前がここで出てきた。
――この間、シュルツ長官と話をした中で、気まずいムードになってしまったことが気になっていたけど、これで関係も修復できるかも知れない――
とニコライは、シュルツとの仲が回復することの方が嬉しかった。
しかも、シュルツ長官の庇護の下に研究ができるのであれば、研究も鬼に金棒というものだ。
教授は、亡命してきた相手ではあるが、シュルツとチャールズを尊敬していた。シュルツはもちろんのこと、チャールズもしっかりと情勢を見極める目を持っている青年であることを理解していた。
もっとも、それもそばにシュルツがいればこそのことなのだろうが、いくら側近に優秀な人間がいたとしても、本人が人間的に優秀でなければ、すぐにまわりから大したことのない人間だと看過されてしまう。チャールズは一人だったとしても、十分人間としての魅力に溢れている。
――さぞやアクアフリーズ王国というのは、いい国だったんだろうな――
と感じた。
実際に教授はアクアフリーズ国の大学教授数人とも交流があった。
「王国での研究というのは制限があったりして、なかなか難しいのではあいかい?」
と聞くと、
「そんなことはないですよ。国家元首が国王というだけで、わりかし自由に研究もできるし、発言も自由にできたりします。まわりから見るのと実際に中にいるのとではかなりの違いがあるということですね」
と答えてくれた。
教授は、実際にアクアフリーズ国に足を踏み入れたことはなかったので半信半疑だったが、チャールズやシュルツを見ていて、
――あの時の話は本当だったんだ――
とあらためて感じさせられた。
教授はアルガン国でも屈指の研究者で、世界的にも有名な賞も受賞していて、国を代表する科学者の一人だった。
ニコライは、まさかと思った異動だったが、本当に辞令が出されて、軍に雇われることになった。もちろん教授の下での兵器開発になるのだが、今までの自分の研究が本当に正しかったのかどうかがこれで分からなくなることが一番気になっていた。
軍の研究室は思ったよりもこじんまりとしていた。
「軍の研究なんて民間に比べれば、まだまだ知名度があるわけではないからね。軍内部で研究ができるだけ、この国は恵まれていると言ってもいいかも知れない」
と教授は言っていた。
「私がここに招かれたのは、やはり核兵器の開発目的でしょうか?」
いきなりニコライは核心をついたが、教授は驚くこともなく、
「ええ、その通りです。核というのは無限のエネルギーを有しているのと同じで、無限の可能性も秘めていると思っています。平和利用に対しても無限に存在し、兵器としても無限に存在する。本来は平和利用したいところなんですが、今の世の中、そうもいかない。だったら、厄介な戦争は早く終わらせて、終わらせられればそこから平和利用に切り替えるんです。とにかく戦争の火種を断つことが一番なのだと思っています」
「分かりました。ですが私も専守防衛の考えは捨てるつもりはありません。そこだけはお間違えのないようにしていただきたいです」
とニコライは釘を刺した。
「もちろん分かっていますよ、私はそんなあなただから、この研究室にお招きしたのです。軍で開発をしているからと言って、皆が皆戦争が好きだというわけではない。皆の共通の目的は戦争を早く終わらせることと、最終的な平和利用が目的なんです。とにかく戦争が蔓延っている世の中というのは、平和な世の中から見れば、狂気の沙汰なんでしょうからね」
と、教授は話した。
「分かっていただければ恐縮です。私も皆さんを同志だと思って、これからは研究に勤しみたいと思います」
「ありがとう。ここに最初に来る人は皆、軍での兵器開発というものに対して偏見の目がある。だから、今のあなたが何を考えているのか分かっているつもりです。でも、研究を重ねるうちに次第に研究に没頭するようになって、人の心も分かるようになるんですよ。どうしてだか分かりますか?」
「いいえ」
「それは、皆がそれだけ集中しているということなんです。究極にまで集中力を高めると、その人は急に何かを考え始めるんですよ。考えることは皆同じ、そこに至ることができた人だけができる会話があって、その会話で初めてそのことが明らかになる。だから、そこまでに至っていない人には何を言っても分かってもらえないんですよ。私もその域に達することができて初めてそのことを知りました」
「教授は、それを幸せなことだと思っていますか?」
「もちろん思っています。自分の研究が認められた時と同じくらいに感無量の感覚になれます。研究者にとっての志向の喜びというのは、自分の研究が認められた時でしょう? それと同じ感覚を得ることができるんですよ。これ以上の興奮はありません。ですが、興奮しているのは自分の内に秘めた気持ちだけで、表から見ていてその気配はまったくないそうなんです。だから、この気持ちは本人にしか分からないということですね」
「なるほど、お話は分かりました。私もその域に達するよう、努力したいと思います」
「私の話に興味を持ってくれたということだね?」
「ええ、教授ほどの人が言うことなので、私も共鳴いたします」
「私があなたから『ほどの人』と評されるようになったのも、この感無量の気持ちを味わうことができるようになったからなんです。人は集中力を極めると、必ずそれまで誰にも見えなかったものが何か一つ見えてくるものなんです。その時に、見えたものを信じれる人間になっているかどうかというのが問題なんです。せっかく見えたものを信用できなければ、見えなかったのと同じですからね」
「ハードルは一つではなく、二つあるとおっしゃるんですね?」
「そういうことです。ただこれは研究や集中力ということに限ったことではありません。超えるハードルが一つしか見えない人には越えられない壁というのは、無数に存在していると思っています。それが目的を達成できる人とできない人の分かれ目なんじゃないかって私は感じています」
教授の話はいちいち納得のいくものだった。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次