ジャスティスへのレクイエム(第2部)
ニコライは教授のそんな気持ちを知ったのは、結構後になってのことだった。頭はいいのだが、人が何を考えているかなどということには疎かった。さすがに捻くれた少年時代を過ごしてきたことが頭から抜けず、普通に人のことを考えることができなくなっていたのだ。
そんなニコライを人間的に救ったのが教授だった。
――教授が私のことを同志だと思ってくれている――
差別のあった時代からはありえないことだった。
相手は自分よりも年上で、しかも教授である。自分を奴隷のようにこき使ってもいいくらいなのに、気を遣ってくれている、労いの言葉もかけてくれて、まるで雲に乗ったかのような気持ちだった。
それでも調子に乗ることはなかった。差別を受けていた時代の感情が残っていることで調子に乗るまでいかないのだ。差別を受けていた自分が今いい方に影響を及ぼしているとすれば、調子にならないことくらいであろうか。
ニコライは、教授の元、のびのびと研究を続けていた。教授もニコライの研究には黙って見ているだけで、お互いに何も言わなくても気持ちが通じ合っているかのようだった。
少しして、まず教授の開発が日の目を見ることになった。安価な兵器であるが、それは相手が攻めてきた時に相手を錯乱させる妨害目的の兵器だった。電子妨害はどこの国でも開発を進められているが、最初に敵味方の識別を完璧にできる開発を行えたのは、教授の研究が最初だった。
これは、国際的に特許となり、教授は世界的な省も受賞するに至った。
「教授、おめでとうございます。努力が実りましたね」
と、ニコライは素直に喜んだ。
「ありがとう。今度は君の番だよ」
と教授に言われ、ニコライは微笑んだ。
そしてそのニコライの研究が日の目を見たのは、それから二年後のことだった。さすがに教授の時ほどの反響はなかったが、軍事関係者の間では注目度はピカイチだった。
それは、教授ほど専守防衛に徹底した兵器ではなかった。専守防衛を行いながら、隙を見て攻勢に出るために必要なプロセスの開発だった。
「相手を目くらましにする」
という発想は、教授のそれと似ていたが、ニコライの研究はさらに敵の隙をつくという先があることで、専門家からも高い評価を受けていた。
この研究に対して、教授は少し複雑な思いを持っていた。
「おめでとう」
とは言ってくれたが、どうも教授の中でしっくりと行っていないようだった。
「隙を見て、相手を攻撃できるプロセスというのが、お気に召しませんか?」
と教授に言うと、
「そうだね。少し私には気になっているんだ」
というので、
「そんなに杓子定規に専守防衛だけしか見ていなかったら、永遠に紛争は終わりませんよ」
「分かっているんだ」
確かに専守防衛で相手を攻撃しないで終わらせることができれば、それが一番だ。しかし、相手を封じることができても、相手の戦意を喪失させることはハッキリと言ってできない。戦争を早く終わらせるためには、こちらからも相手に一撃が必要なのだ。そうでなければ、いたずらに戦闘状態を引き延ばされるだけで、消耗戦は必至であり、教授の研究に矛盾が生じるはずである。
教授クラスになると、それくらいのことは言わずとも分かっているはずだ。だからニコライは指摘しない。だが、それがいつの間にか二人の間に溝を作ってしまっていた。
――教授が意固地だからだ――
とニコライは思ったが、教授の方も、
――どうして分かってくれないんだ――
と苦々しく思っていた。
それは完全な、
「交わることのない平行線」
であり、気持ちがすれ違っていた。
立体に交差しているのに、二次元でしか見ていないので、相手が見えることはない。それは皮肉にも教授が研究を続けている、
「異次元での兵器開発」
という発想に似通っていた。
教授はその矛盾を自分でも分かっていながら、解決できない自分に違和感を抱くようになっていた。精神的に不安定になり、開発どころではなくなってしまった。そのうちに研究所は閉鎖になり、途方に暮れたニコライだったが、そんな彼の頭脳を軍部が見逃すはずもない。
「軍で開発を続けてくれないか?」
という意見に、ニコライは二つ返事でOKした。
シュルツはニコライに直接会って話をした。
「ニコライさん、あなたの考えは私にもよく分かります。その発想の素晴らしさは今まで出会った科学者の中にはいないと思っています。私も専守防衛という考えが一番だと思っています。ただそれは理想論であり、決して実現できるものではないと今は思うようになりました。でも、それでも専守防衛にこだわっているんです。だから時々その矛盾に苦しんでしまい、考えすぎて他のことがおろそかにならないか心配なくらいなんですよ。きっと今のニコライさんも同じだと思っています。でも、一つ何かのきっかけで自分の殻を破ることができると、そこから先には、前しか見えない人生が待っていると思いますよ」
とシュルツはニコライに告げた。
「シュルツ長官は、それがどういうことなのか分かっているんですか?」
「漠然としてだけど分かりかけているような気がします。でも、それは言葉にはできないというだけで、掴んでいるとは思っていますよ。そういう意味では自分でも説得力はあると思っています。ニコライさんもそこまで来ると、スーッと気が楽になってくるのが分かってきて、恍惚の気分になれると思います」
「私も恍惚の気分になれることはあります。恍惚の気分の正体が充実感ではないかということも分かっているつもりなんですけど、今はそんな気分になれないのが本心です。やはりこれは開発者が抱く永遠のテーマであり、一種の堂々巡りなんじゃないかって思っています」
というニコライに対して、
「ほう、堂々巡りですか」
シュルツはそう言って含み笑いを浮かべたが、彼がこんな表情を浮かべる時は、自分の中で分かっていて、相手を試すような素振りを見せた時に示す表情だった。
ニコライはそんなことは知らないので、シュルツの含み笑いに対して不気味さを感じていた。
「ええ、一つの開発を終えれば、どんなに小さな開発でも充実感は訪れます。充実感は達成感とは違い、達成した内容に関わらず、大きさには変わりがないんですよ。だから私はこの瞬間が大好きで、でも開発に終わりはなく、すぐ次がやってくる。考える暇もないほど忙しいというのは、本当は喜ぶべきことなんでしょうけど、私には堂々巡りを繰り返しているようにしか思えないんですよ」
というニコライに対して、
「なるほど、そういう意味での堂々巡りなんですね。やはりそれは達成感と充実感の間にあるギャップが生むものなのかも知れませんね。達成感が大きいのに、充実感はそれほどでもないと感じる時というのは、どこかにジレンマを感じているからなんでしょうね」
とシュルツは話した。
「ジレンマというのは、ギャップと違って板挟みという意味であって、同じようなものの間に存在する差分ではないということですよね。板挟みになってしまった自分の存在って、他の人からは見えるんでしょうかね」
とニコライは言ったが、少し話がずれてきているとは分かっていたが、シュルツは根気よく話についていくつもりでいた。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次