ジャスティスへのレクイエム(第2部)
閣議ではハッキリと決定したわけではないことを御前会議に持っていき、裁断を仰ぐということはそれまでにはなかったが、アレキサンダー国との同盟の時、初めて閣議決定していないままの御前会議となった。
御前会議の日程は最初から決まっている。いわゆる憲法にも明文化されていて、閣議で四十日間の猶予を持って話し合われ、もしそれまでに決まれば、閣議を閉幕して、四十日後を待つというものだった。ほとんどの案件は二十日くらいまでに決定していたが、この時だけは四十日が経過しても、決定する気配もなかった。
「これじゃあ、いくらやっても決まるわけはない」
ということで、憲法にのっとって、御前会議となった。
「陛下。申し訳ありません。閣議では意見が堂々巡りを繰り返してしまい、決定することができませんでした。どうか、ご裁可のほど、よろしくお願いいたします」
この国では対面的には大統領と呼んでいるが、御前会議では元首のことを陛下と呼ぶ。これは別にどこにも明文化されているわけではないが、慣習としてそういうことになったのだ。
「分かりました。私も閣議で紛糾していたのは知っていましたので、私なりに考えていました。私の考えを述べます」
本来であれば、御前会議では元首の発言は禁止なのだが、特例として裁可を仰ぐ案件の場合はその限りではない。まさにこの時が立憲君主になって初めての事例となった。
「どうぞ、よろしくお願いいたします」
「私の考えとしては、アレキサンダー国との同盟を望みます。理由としては、我が国の内政がまとまっていないにも関わらず、この状態で他国から侵攻されれば、防ぎようがないからです」
それを聞いて、軍部は少し複雑な気分になった。
元々、アレキサンダー国との同盟を望んでいた軍部だったが、それは彼らと同盟を結ぶことで彼らが有している新兵器や戦術を学ぶことができると考えていたからだ。アレキサンダー国の特徴はクーデターを成功させた事例もあるが、電光石火作戦ともいうべき、綿密に練った計画を、一糸乱れぬ軍勢を用いて、相手に反撃の暇を与えることもなく殲滅してしまうという圧倒的な強さにあった。
それでいて、新兵器も豊富で、世界有数の兵器を有しているとも言われていることからか、
「アレキサンダー国を敵に回すと厄介だ」
と言われるようになっていた。
そんなアレキサンダー国と同盟を結ぶことで、相互演習の機会や戦術のノウハウを得ることができると考えていた。
だが、大統領の話を聞く限り、そんな発想ではない。あくまでも国内を纏めるための時間稼ぎにアレキサンダー国の軍事力を利用しようとしか考えていなかったからだ。
――これでは、同盟の意味がない――
と考えた。
さらに軍部の幕僚としては。このままアレキサンダー国と同盟を結んだ場合、相手の言いなりになってしまい、アレキサンダー国のように血気盛んな国の手先になって、言われのない戦争に巻き込まれないとも限らないと考えたのだ。
アレキサンダー国は諜報活動も活発なことは分かっていたので、アクアフリーズ国の内情は分かっていることだろう。こちらの手の内など、丸裸にされているに違いない。このまま同盟を簡単に結んでしまうと、相手の思うつぼ。いわゆる飛んで火にいる夏の虫状態になってしまうことだろう。
だが、大統領の裁可は降りてしまった。嫌な予感はしていたが、まだ軍部には大統領の真の意味が分かっていなかったようだ。
この時から、大統領は戦争を欲していた。特に相手がチャーリア国であれば、これに越したことはない。ただ、今の状態で単独侵攻などありえない。そう思うと、アクアフリーズ国との同盟は、大統領にとっては渡りに船だったのだ。
しかも、大統領には大義名分があった。それが、
「神器の奪還」
だったのだ。
王位継承の神器は、立憲君主であっても、その権威は絶対だった。立憲君主では大統領就任には神器を必要としない。だから初代大統領を選挙で選ぶことができたのだが、そこに神器が加われば、鬼に金棒だったはずだ。
国民の間にも神器は浸透していた。
「国の宝」
という意識が皆にあった。
その神器を亡命したチャールズとシュルツが持って行ったということは、アクアフリーズの国民を激怒させた。
「チャーリア国は敵だ」
という意識が国民に芽生えたのだ。
シュルツもそのことは百も承知だった。
「神器を持ってきて、本当によかったんだろうか?」
と、心配をしているのはむしろチャールズの方だった。
「何を言っているんですか。あの神器は代々の国王が継承されてきたものです。いくら亡命しているとはいえ、チャールズ様が王家であることには変わりがありません。だから胸を張ってもいいんですよ」
と言われて、チャールズもその気になった。
亡命を始めてから、ネガティブにしか考えられなり、鬱状態に陥りかけていたチャールズにその言葉は何よりの励ましだった。余計にポジティブになれそうな気がしていたのは、陥りかけていた鬱状態が浅いことを示していた。
「今でこそ国王ではなく、大統領という地位にありますが、アクアフリーズ国の大統領とはまったく違った権威を持っていると言ってもいい。その象徴が王位継承の神器なんですよ」
と言って、チャールズを元気づけた。
「これを取り返しにアクアフリーズ国が侵攻してこないかい?」
とチャールズが心配すると、
「大丈夫です。あの国の軍事は私が掌握しています。我々が抜けた後の軍部はさほど脅威ではありません。向こうもまさか私を相手に牙をむいてくることはないでしょう。だから安心していただいて結構ですよ」
まったく侵攻が頭の中になかったわけではないが、そうやって慰めていると、本当に侵攻はないと思えてきた。それが次第に油断となって、アクアフリーズ国への監視がおろそかになっていたのだろう。
そんな思いは敏感に部下には伝わるもので、軍部の首脳も、
「アクアフリーズ国の単独侵攻はない。まずはアレキサンダー国が侵攻してきて、その後方支援にアクアフリーズ国がいるという形であろう」
と考えていた。
「アクアフリーズ国が単独で侵攻してきても、撃退されることはアレキサンダー国もアクアフリーズ国自身も分かっていることだろう。まずはアレキサンダー国の情報をなるべくたくさん集めることが大切だ」
と、諜報部員を数多く、アレキサンダー国へと侵入させていた。
だが、次第に諜報部員の情報が、信憑性に欠けてきた。なぜなら、情報が錯綜していて、一貫性がなかったからだ。
「一か月以内に、我が国に侵攻する準備ができている」
という情報もあれば、
「まだまだ兵器調達に不十分で、数か月は侵攻計画を立てられない状況にある」
という情報もあった。
ただ、侵攻予定であるということに変わりはなく、臨戦態勢を崩すわけにもいかなかったが、そのために、緊張感を持ち続けなければならず、最後には神経が消耗してしまっているのではないかと思わせた。
そんな状態の中、ノーマークであったアクアフリーズ国が水面下で侵攻計画を進めていた。一度、警戒の目を緩めれば、再度引き締めなおすのは至難の業である。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次