ジャスティスへのレクイエム(第2部)
ただ、チャーリア国は基本的に専守防衛の国、反撃するには領内に入ってきた相手を攻撃するしかなかった。ただ、潜入さえされれば、殲滅することは何ら問題はない。敢えて相手に進入路を与えることが、チャーリア国にできることだった。
兵器や武器弾薬は防衛するには十分すぎるくらいに蓄えていた。相手から攻撃を受けても被害のないところに隠してはいるが、たまに相手をかく乱するために、わざと弾薬を運んでいるところを悟られるマネをする。今回の相手は元母国、その手が通じないことくらい分かっていた。それなのに敢えて今回も弾薬の運搬を曝け出した。アクアフリーズ軍はその対応に苦慮していた。
王位継承神器
アクアフリーズ国は前述のように、立憲君主の国であり、国家元首は大統領だった。
大統領の権力は、他の国の大統領よりもかなり広めにあったが、それは憲法によるもので、国民の自由を脅かすような法令を作ることは禁止されていた。
何よりも、
「権力はあるが、権威はない」
と言われる通り、王国のように君主としての権威はさほどなかった。
だが、初代の大統領は、そのことに満足していなかった。同じ立憲君主の国として生まれ変わったアレキサンダー国を手本としていたが、
「あの国の大統領も私と同じくらいの権威しかないはずなのに、よく満足できているな」
と感じていた。
実際にアレキサンダー国と同盟を結び、首脳会談を何度も重ねてきたが、相手国の大統領が何を考えているのか分からなかった。お互いにプライベートで会うこともあるくらいの蜜月状態になったこともあったが、その時も大統領の真意がどこにあるのか分かりかねていた。
「大統領も権力のわりに、権威という面でそれほど強くないことに不満のようなものはないんですか?」
と訊ねたことがあったが、
「私にはありません。元々私は大統領なんて器ではないんですよ。国が体制を整えるまでのつなぎの大統領だということを自覚していますからね」
と言われた。
「元々は何をされていたんですか?」
と聞くと、
「私は軍の中の司令官クラスでした。軍一筋でやってきて、まさか大統領になるなんて思ってもみませんでした」
アレキサンダー国の初代大統領は、選挙で選ばれたものではない。クーデター後の混乱に乗じて、革命政府側が作った臨時政府の代表に担ぎ上げられたのが今の大統領である。いわゆる、
「臨時政府の臨時大統領」
と言ったところであろうか?
それを笑って言える彼をアクアフリーズ国の大統領は訝しく思ったが、自分にないものを持っていると感じることで尊敬もしていた。
「大丈夫ですか?」
彼から見ると、アクアフリーズ国の大統領は不安に満ちているように見えたようだ。
「大丈夫です。私は選挙で選ばれたんですが、どうしても臨時大統領という意識しかないんですよ」
「それはネガティブに考えすぎですよ。少なくとも選挙ということは国民の民意ですからね」
と言われて、
「でも、それって民主国家がいうところの多数決ということですよね? 私はそもそも民主国家を信じることができず、多数決なるものは大嫌いなんですよ」
「なるほど、その思いがジレンマとなって、そんな無用な心配をしてしまうんですね?」
「ええ、そうかも知れません」
「それでは、せっかく大統領という立場と権力があるんですから、それをフルに使って、不安を取り除けばいいんじゃないですか? 我々で協力できることは、協力いたしますよ」
「そうですか? それはありがたい」
同じ大統領という立場、国内には一人しかいないので、同じ立場に立って相談できる人は誰もいない。そういう意味で他国ではありながら同じ大統領という立場の人から協力すると言われただけで、それまでのジレンマや不安が払しょくされそうな気がした。
そんな中で、ここでいちいち著すだけの意味もないほどの他愛のない会話がお互いに続いた。しばらくすると、相手の大統領が政治的な話を始めた。
「ところで、アクアフリーズ国にとっての目の上のたんこぶであるチャーリア国を、大統領はどう思っておられますか?」
と聞かれた。
「どう思ってると言っても、元々の君主が亡命して建国した国ですよね。主義も違うので、あまり意識していなかったんですが」
というと、
「主義が違うのは仕方がないでしょうね。何しろ相手は元々絶対君主の国の国王なんですからね。でも、近い将来、アクアフリーズ国にとって脅威となる可能性ってないんでしょうかね?」
「何が言いたいんですか?」
と聞くと、
「我々は、チャーリア国に近く侵攻しようと考えています。たぶん、まもなく私たちの国から正式にアクアフリーズ国に対して軍事同盟としての条約締結の話が出てくると思います。まだまだ荒削りな状態なんですが、協議を重ねるうちに添削されて、精鋭と言える条約ができると私は信じています」
「それを今私に言っていいんですか?」
「ええ、私は大統領を信用していますからね。同盟国の大統領として、そして同じ立場の人間としてですね」
と言われて、アクアフリーズ国の大統領は感無量になっていた。
涙が流れるのではないかと思うほどに感動していたが、それは最近までの自分への不安がウソのように思える瞬間で、しかも大統領から、
「この戦争でアクアフリーズ国が参戦していただけるなら、大統領の権威はぐっと増えるんじゃないですか? ここで軍部や政府をしっかり掌握した形でその力を国民に見せつけることで、大統領はこの戦争を行う意義がそれだけでもあるというものですよ」
と言った。
「でも、それだけでは私の自己満足にしかならないような気がするんですよ」
「では、もう一つの大義名分があれば、戦争を行う意義は十分にあると思いますが?」
と、耳元で囁いた。
それは、ここからが本番であるということを示しているもので、人に聞かれてはいけないことのようだった。アクアフリーズ国の大統領は喉を鳴らして、緊張しながら、聞き耳を立てた。
相手の大統領は続ける。
「アクアフリーズ国に、王位継承神器というものが存在するのをご存じですか?」
「ええ、知っています。でもそれは国王が王位継承の時に使うもので、大統領である私がそれを持っていてもしょうがないでしょう?」
「そうでしょうか? その神器を取り返すのは、元々あった場所に戻してあげるという意味で、十分に戦争の大義名分としては成り立つものではないでしょうか? しかも、神器を取り戻せば、あなたの権威を国民に示すことができます。権力と同時に権威も手に入れる絶好のチャンスではないですか? 大義名分と権威の回復、この二つがアクアフリーズ国の戦争を行う意義なんです」
それを聞いた大統領は、少し考えていたが、意を決したかのように頷いた。
「そうそう、そのお顔です。その決意の表情が国民に対しての権威になるんですよ。私もいつも決意を心掛けています。それが大統領としての権勢というものですよ」
「なんとなく分かる気がします。権勢というのは目に見えるものではないので、権勢が表に出てきたものが権威になるという考えですね?」
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次