ジャスティスへのレクイエム(第2部)
「ああ、以前他の国で、政府が国家の中心として、国民生活をすべて管理している国家体制があった。あくまでも民主主義の悪いところを考え直して、挙国一致で国民生活を支えるというものだったが、そのため国家が市民を監視するという制度が出来上がったんだ。すると自由はまったくなくなり、すべての人の感情は無視され、国家の歯車として生きているだけという状態になった。誰もが何も考えない状態になると、まるでロボットのような国家になった。政策や法律を決めるのも、歯車に従って決めていくだけなんだ。そんな状態で国家と言えるだろうか? そのため、少しでも何かを考える人が出てくると、国家の名で粛清される。そんな信じられない世の中になってしまった国家も本当にあったんだよ」
「それこそ恐怖政治だね」
「人間の感情がどこまで関わっているのか分からない。感情がないから恐怖政治になったとも言えるのだろうが、そう考えると、このアクアフリーズ国もその前兆にいるんじゃないかと思って怖くなるんだ。しかもバックにはあのアレキサンダー国がいる。あの国は軍事クーデターによる立憲君主国のパイオニアになるんだ。その路線を一緒に歩もうとしている我が国は、彼らほどの信念があるわけではない。彼らの信念がいいのか悪いのか分からないが、彼らほどの熱意は感じられない。すべてが中途半端で表に出てくるのは悪いことばかりだ。本当に国家として存続できるのかどうか、怖いくらいだよ」
二人の心配は水面下で現実となりつつあることを、国家の一部の人間しか知らされておらず、知っている人間の中にも、
「アレキサンダー国に言われたからと言って、かつての主君を攻撃するというのは気が引ける。これじゃあ、アレキサンダー国の属国みたいなものじゃないか」
と考えている人もいた。
しかし、実際に作戦が立案され、攻撃が現実味を帯びてくると、疑問を感じていた人たちも、疑問を感じるよりも先に進む方に専念し始めた。それだけリアルに戦争をひしひしと感じるようになったと言えるのではないだろうか。
チャーリア国の軍事施設は、アレキサンダー国の偵察によって、ある程度把握されていた。その情報は逐一アレキサンダー国よりもたらされていて、軍首脳と参謀はさっそく攻撃方針について話し合われた。
机上演習ではそれなりの効果を示すことができたが、今回が新生アクアフリーズ軍の初陣でもあった。
ただ、何しろ相手はアクアフリーズ軍を知り尽くしているシュルツ長官であった。こちらの手の内は見透かされていると思って間違いないだろう。それなのに、どうしてアレキサンダー国がアクアフリーズ国に先鋒を任せたのかというと、
「十中八九、相手は我がアレキサンダー国が正攻法で攻めてくると思っていることだろう。少なくともアクアフリーズ国が先鋒になっているなど、想像もしていないはずだ。だからこの攻撃は奇襲攻撃でなければいけない。ただ、少しでもいいからチャーリア国にダメージを与えてくれればいいんだ。先鋒として攻めてくれれば、そちらに兵力を集中させたその隙に、我々が背後を襲う。挟撃されてはさすがにチャーリア国も敗走することだろうな」
という目論見があった。
いよいよアクアフリーズ軍が前進を始め、目的地に陣を張った時は、まだチャーリア軍はその侵攻を知らないようだった。
「深入りは禁物だ」
と、最前線の司令官は上官から言われていた。
「お前たちは、あくまでも最初は相手を制する形で陣を張るんだ。攻撃は一糸乱れぬやり方でなければ成功しない。だから、勝手な動きは許されない」
と言われた。
ということは、相手に見つかってもいけないということだ。相手に見つかれば、相手は攻撃してくる。攻撃されれば反撃しないわけにはいかないだろう。そう思うと、アクアフリーズ国の先鋒というのは、結構制限された難しい作戦の先端部分を任されているということになる。
それでも決行日は容赦なく決まった。
その日は、ちょうどチャーリア国建国の五周年記念の式典の日に当たった。政府要人、軍司令などは式典に際し、一堂に会し、祝賀ムードでいっぱいになると思われているので、その分、軍事施設に対する警戒も手薄になり、何よりも命令系統に混乱が生じることは必至に思われたので、この日を決行日としたのだ。
チャールズとシュルツは、前の日から式典会場に入り、手筈の確認を行っていた。まさかアクアフリーズ国が侵攻してくるとは思っておらず、警戒はアレキサンダー国内部に留まっていた。
「偵察をしていて、アレキサンダー国が近日行動を起こすという状況は見受けられません」
という情報が入っていたので、安心して祝賀ムードを盛り上げるつもりだった。
「明日は天気もよさそうだし、いい祝賀ムードになりそうだね」
とチャールズがいうと、
「まったくその通りです。やっと五周年ですが、長かったようであっという間の五年間でしたね」
とシュルツが答えた。
シュルツという男が、しんみりと過去について感じている姿を見るのは、実に珍しいことだった。それだけこの五年間には思い入れがあるのだろうが、まだアレキサンダー国との関係は予断を許さない。それを思うと、この五周年記念式典が一つの区切りで、これが終わると、本格的に戦術を考えないといけないと思うようになった。
シュルツは、ここまで専守防衛を基本と考えていた。もちろん、その基礎にあるのはニコライの考え方だった。
しかし、最近になって先制攻撃の効果についてシュルツは考えるようになった。
「先制攻撃というと、まるで騙し討ちのような気がして」
と、年齢からくるものなのか、昔の武士道の考えが身についているからなのか、
「騙し討ちのようなものは卑怯でしかない」
と考えていた。
これがシュルツの中にある唯一の弱点だったと言えるかも知れない。
今までもシュルツのそんな考えを知っていて、逆手にとってシュルツを陥れようと考える国もあったが、ことごとく失敗してきた。
「シュルツという男、弱点を単純に狙っただけでは攻略できない」
と言わしめ、弱点があってもそれを克服してもあまりあるだけの才能を持っているのだと他国の軍部を恐れさせたものだった。
「私は、弱点を克服しているつもりはないんだが」
と、本人は言っているが、克服できるのは、彼の持って生まれた「目」という才能である。
眼力とでも言えばいいのか、無意識に自分で弱点だと思うことが、その克服への第一歩である。シュルツは苦手なことや弱点を見ないようにしていることで、他人事のように弱点を感じることができる。克服できないまでも意識することができるだけで、シュルツは克服することができるのだ。
今回のアクアフリーズ国の侵攻は、まず戦闘機での領空侵犯から始まった。猛スピードで領内に潜入し、軍事施設をいくつか空爆して、去って行った。
「被害は大したことはありません」
という報告が入ったが、大したことがないという根拠は、あくまでも侵攻された時のシュミレーションとしてのレベルの問題だった。攻撃されても反撃できる程度の被害を考えると、
「大したことない」
と言えるのではないだろうか。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次