ジャスティスへのレクイエム(第2部)
「そんなこと、簡単に教えたり教えられたりするものなんですか?」
「もちろん、言葉だけではできないさ。そこに信頼関係があり、お互いに何も言わずともツーカーのように通じ合えたりすると、見えない力に導かれて、常人には想像もつかない結果を生んだりするものなんだよ。シュルツという男はそういう男で、それが逆に相手を油断させることになるから、それこそ油断ならないという言葉がピッタリになるんだよ」
「そんなもんなんですかね。私には俄かには信じられません。でも、もし幕僚長の言われる通りなんだとすれば、今ならチャーリア国に攻め込む絶好の機会ということになるんじゃないですか?」
「そうだね。チャーリア国の目は今はアレキサンダー国に集中しているからね。奇襲攻撃は十中八九成功するだろう」
と言って、少し考えている幕僚長を司令官は見逃さなかった。
「だったら、何も考え込む必要なんてないじゃないですか」
というと、
「そうなんだが」
と、幕僚長はいつもの歯切れはない、覇気のない返事を繰り返した。
「幕僚長らしくありませんね。幕僚長を見ていると、かつての上司であったシュルツ長官を騙し討ちにするようなことは良心の呵責に耐えられないとでも思っているように思えて仕方がないんですが」
「そう見えるだろうね。でも、私はそんな気持ちではないんだ」
「失礼ですが、幕僚長は人情に心を奪われてしまって、チャーリア国に攻め込むのをためらっているのではないかとお見受けする次第です」
司令官は、自分が失礼な発言をしていることを承知していることで、ついつい梵鐘言葉になっている自分に気付いていなかった。
「確かに私はシュルツ長官を騙し打つのは気が引ける。しかし、私が憂慮しているのはそういうことではないんだ。シュルツ長官は確かに人情には厚い方だが、そんな彼はさっき君が指摘したように出世するほど人情は捨てなければいけないという鉄則が通用しないんだ。ということは、そこに我々には想像もつかない力が働いているとは思えないかい? 奇襲攻撃は確かに成功するかも知れないが、それは緒戦でのことであって、そこから先を想像すると、私には見えてこないんだ。相手がシュルツ長官だということを考えればね。この私が、やってみないと分からない戦争をしなければいけないことにどれほど憂慮しているか、君には分かるまい」
と幕僚長がいうと、司令長官は黙り込んでしまった。
少ししてゆっくりと司令長官は語り始めた。
「幕僚長のおっしゃっていることは分かりました。しかし、もう賽は投げられたんです。逃げるわけにはいきません。少なくとも緒戦での優位は変わりないわけでしょう? だったらその余勢をかって、一気に攻めるしかないじゃないですか。しかも後ろにはアレキサンダー国が控えている。これ以上の都合のいい戦争はありますか? いざとなれば、我々は引いてもいいと言われているわけでしょう? あくまでも戦争はチャーリア国とアレキサンダー国、我々は出鼻をくじくという役割だけで十分なんですよ」
と司令官が言った。
司令官の話は本来なら幕僚長が心得ていることであるべきなのだ。それを軍司令官にさせるというのは、すでに戦う前から雰囲気が以上であることを示している。
「私は、チャーリア国に対して別に敵とする意義は何もないと思っていた。それは司令長官も同じだと思うんだ」
と幕僚長が話すと、司令官は思い出したように、
「そうですよ。そういえばこの戦争の大義って何なんですか? 戦争を行う意義が我々のどこにあるというんですか? 戦争に勝つことでアレキサンダー国からかなりの見返りが期待できるとかいう政治的な条約なのか、それともどこかの領土をいただけるという論功行賞のようなものなのか、そのあたりが曖昧だった気がするんです」
と言われて、少し考え込んでいた幕僚長だが、意を決したかのように、
「これは政府の極秘事項なので、本来であれあ喋ってはいけないことなのだろうが、軍を直接指揮する司令官である君に黙っておくというのは少し難しいようだ」
と言って、その理由を司令官に話した。
「そういうことだったんですね。それなら我が国の戦争を行う意義は十分にあるし、我々の大義名分であることにもなる。でも、そんな大切な秘密事項を私などにお話しいただいてよろしいんですか?」
と、自分で聞いておきながら、司令官はそう言った。
司令官もまさか本当に幕僚長が簡単に理由を話してくれようなどと思っていなかったので、話を聞き出してしまったことに責任のようなものを感じていた。
「いいんだ。私クラスの長になると、部下への話には一任されている。もちろん、そのせいで士気が下がったりした場合は、直接の責任のすべては喋った上官にあるという厳しいものではあるんだけどね」
「そうだったんですね。よくお話いただけました」
と言って、司令官は感無量の気持ちになっていた。
司令官が何を聞いたのかということは、このお話を読んでいる賢明な読者の方々にはお察しのことだと思うので、ここでネタばらしをしてもいいのだが、もう少し引っ張ることにいたします。
「分かっていただければそれでいいんだ。私の気持ちを察することはたぶん司令官にはできないことだと思っているからね」
と幕僚長は言った。
「大丈夫です。もうこれ以上はこのことに触れないようにしましょう」
と言って、二人だけの話は終わった。
そのあと、侵攻計画についての最終打ち合わせが会議室で行われたが、時間はかかったものの内容は最初から決まっていたことの確認に終始した。幕僚長も司令官もそこでの発言は一切なく、二人が発言しない会議というのが、これほど静かで進行に支障のないものだということを思い知らされた気がした。
「我が国は、かつての絶対君主の国から立憲君主の国に生まれ変わりました。クーデターという方法ではありましたが、成功した我々は、その後憲法を制定し、現在では立憲君主の国として立派に成立していると確信しています」
と発言したのは、アクアフリーズ国の首相だった。
首相の上には大統領が存在している。この国では、首相と大統領でそれぞれに権限が違った。国家元首というと大統領になる。首相はあくまでも内閣の代表に過ぎないからだ・
大統領も首相も任期は決まっている。首相は継続に関しては無制限となっているが、大統領は任期が五年の最大二期までが原則であった。
大統領は、国民の選挙によって選ばれる。国会議員である必要はなく、民間人から立候補してもいいことになっている。しかし、首相の場合はあくまでも政党の代表で、国会議員というのが前提だ。つまりは、衆議院選挙の得票数が一番の政党から選出されるのが前提だが、それも国会議員の選挙で選ばれることから、与党第一党から必ずしも選出されるとは限らない。
そのあたりはすべて憲法に記されている。あくまでも憲法にのっとった君主制で、主権は国家元首である大統領にあった。
大統領はある程度の権限を持っている。衆議院で否決された案件でも、大統領令として発することもできるが、当然越権の疑いがあれば、国会が召集され、弾劾が行われることもある。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次