ジャスティスへのレクイエム(第2部)
「俺はそれが不思議で仕方がない。軍なんだから、そんなに風通しが良くていいのかってね。しかも、それは今回だけなんじゃないかって思うんだ。実際にかつて軍の機密が漏えいしかかったことがあって。もちろん未遂に終わったんだけど、そのことが発覚し、漏えいさせた軍部の人間を軍法会議で、異例のスピードで死刑判決を受け、しかも、これもあっという間に刑が執行されたことがあった。だから知っている人は一部の人間なんだ。それを聞いた時、軍部の恐ろしさを痛感したんだ。しかし、今回のチャーリア国への対応に関してはかなりオープンであり、まるで相手に探らせているかのように思えたくらいなんだ」
「そういえば会議で言っていた切り札って何なんだろうな?」
「さあ、俺には分からない。だけどそれを探ろうなんて思わない方がいいのは確かだと思う。さっきの閣議の中だけでのことなんだからな」
「だけど、どうしてあんな重要な閣議なのに、俺たちのような者が出席になったんだ?」
「この国において最終決定になるような重要な閣議では、秘密保護の観点ではなく、オープンなところが必要なので、政府からと軍からと、中立な立場の中堅クラスの立場の人間を出席させるんだ。あくまでも御前会議は形式的なことだということなんだろう」
「俺たちって中堅でもないぞ、まだまだ若手だよ」
「年齢的にはそうだが、階級はそこそこだろう? 軍も政府も今回はそういう人間を選んだということだ。だから俺とお前が選ばれたのはただの偶然ということではないか?」
「そうなんだな。じゃあ、あまりこのことにこだわってはいけないのかも知れないな」
「ええ、その通りだ。この話はおしまい」
そう言って、二人はその後、お互いにそれぞれ歩んできた道について、とりとめのない話を始めたのだった。
それを遠くで聞いていた男がいた。
彼はチャーリア国の諜報部員で、最終決定の閣議が行われている会場の外にいた。
まさか中に入るわけにはいかず、ただその成り行きを見守っていただけだったが、時間的にいつもの定例会議と変わらない時間だったこともあって、
「やはり、重要事項はすでに決まってしまっているんだな」
と感じた。
じゃあ、その場をすぐに離れるべきだったのだろうが、なぜかその場を彼は離れることができなかった。
その時に聞こえてきた二人の若手の話に彼は一つ引っかかっていた。
――何をそんなに軍はオープンにしたがっていたんだろう?
確かに彼も何か違和感を感じていた。
極秘事項が存在すれば、諜報部員としての鼻が利くというべきか、内容は分からないまでも機密事項の存在を肌で感じることができるはずだった。それなのに、今まで入り込んでいたはずの軍で、
――こんなにも機密事項の臭いがしないというのはどういうことなんだろう?
と感じていた。
かといって、オープンにしているようで、探ってみると見つかる新たな発見は数少なかった。
――これだって、こんなにも少ないはずはないだろう――
と思っていたが、
――何かが違う――
と熟年の諜報部員を困惑させる彼らのやり方に、彼は恐ろしさを感じていた。
しかし、かといって本国にどのように報告すればいいというのか。
もし、
「相手国にまったく動きはありません」
というありきたりな報告をすれば、それで納得するはずもない。
「そんなバカなことはない。彼らは必ず先制攻撃を仕掛けてくるはずなんだ。そのきっかけになる何かを一つでもいいから探ればいいだけなんだ。そんな簡単なこともできないというのか?」
と言われるに違いなかった。
――そんな簡単なこと?
もしそう言われれば、彼のプライドは傷つけられるであろう。
元々諜報部員はプライドなど持ってはいけないはずだった。それなのにプライドを持つというのは、今までの自分を否定するということであり、諜報部員としては致命的なことになるはずだった。だから、ここで怒ってはいけないはずなのに、彼は想像してしまったことで怒りを覚えた。
実際に言われたのであれば、我慢もできたことだろう。しかし、想像の中で言われたことに対して、彼は怒りを抑えることができなかった。
そのせいで、それ以降の諜報活動に支障をきたしてしまった。
実はこれもアレキサンダー国内部のやり方であった。
「諜報部員が入り込んでいるかも知れないので、表向きはオープンにしておいて、実際には秘密事項の存在をひた隠しにするんだ。そうすれば奴ら諜報部員は自分や母国の司令が信用できなくなり、自己嫌悪に陥ってしまうだろう。そんなことになったことのない彼らにはこれほどの毒はない。それが私の狙いなんだ」
と、軍の幕僚と、アレキサンダー国の諜報部員の長との話だった。
アレキサンダー国にも一応諜報部員は存在する。しかし、彼らの役目は外国での活動ではなく、本国内での謀反者を見つけるという役目に従事していた。そのため、チャーリア国としても、
「アレキサンダー国には、諜報部員は存在しない」
というウワサがあり、諜報部員が存在し、それが国内向けにだけであるということを知っているのは、シュルツとあと数人の幕僚だけだった。
そういう意味では、
「チャーリア国の諜報部員にも相手国に潜入するんだから、それくらい教えておけばよかった」
と、幕僚に思わせたのは、あとの祭りとなった。
アクアフリーズ国では、着々とチャーリア国に侵攻する準備が進められていた。チャーリア国でも一応アクアフリーズ国に警戒はしていたが、亡命政府とはいえ、元々の同胞の国ということもあり、いきなり攻め込んでくる可能性は低いと考えていた。
そのことを一番よく分かっていたのはアクアフリーズ国の現在の軍幕僚総長だった。
「チャーリア国がシュルツの実質的な国であるということを考えれば、我々の侵攻が成功する可能性は高いかも知れないな」
と、軍司令官に語った。
「そうでしょうか? シュルツ長官はあらゆる方面に目を向けている方なので、少々の奇襲攻撃は利かないように思えますが?」
というと、
「やつはあれでも結構人情深いところがあるんだ。一度信じるととことんまで信じるところがある」
「そんなことでよく長官が務まりましたね。私が見ている限りでは、シュルツ長官はあまり人情に囚われることのない、冷徹なところがある人だとお見受けしていまそたけども?」
という司令官に対し、
「普通の人ならそうなんだろうな。しかしシュルツくらいの男になると、その人情が相手にも信頼感を与え、長所にもなるんだ」
「でもですよ。下士官くらいであれば、人情もその人の長所として受け入れられるかも知れませんが、長官ほどの軍という組織を束ねる人ともなれば、私情になってしまうんじゃないですか? 出世すればするほど人情はその人の欠点として浮き彫りになり、まわりの目に見えない敵にはそれが好都合だったりして、すぐに陥れられる運命になるんじゃないでしょうか?」
「そうかも知れないね。でも、シュルツの場合は違うんだよ。彼はそれでも人を信用する。そこまでするから他人にはできないこともできてしまうんだよ。きっとそれは先代の国王から教わったことなのかも知れないな」
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次