ジャスティスへのレクイエム(第2部)
少し大げさにも感じられたが、それだけ忖度をしているということであろうが、参謀歩武出身ということで確証がなければここまでハッキリとは言えないだろう。そう思うとこの言葉もあながち疑念に満ちたものではないのだ。
「司令官もそう言われておりますように、軍の方としても、準備は順調に進んでおります。あとはいつがエックスデーになるかということですが、政府としてはいかがでしょう?」
最初に言葉を発した政府閣僚は、この会議においての議長である。彼は一時期軍総帥部に所属していたこともあり、軍のこともこの中では分かっている方だ。そういう意味では議長としては最適だった。
「政府としては現在、外交によるチャーリア国に対して圧力を加えております。そもそもチャーリア国というのは亡命政権であり、国家としての要件を満たしているか分かりかねるところもあります。実際にチャーリア国と国交を結んでいる国はまだまだ数が少ないです。我が国はとりあえず国交は結んでいますが、それは交渉をするためだけの国交であって、一触即発の状態になれば、いつ国交断絶してもおかしくないと、お互いで話をしております」
と政府側の高官が答えた。
「その状態をWPCは了承しているんだよね?」
と、国家元首秘書の男が確認の意味で口にした。
「ええ、もちろんです。WPCではチャーリア国建国を認めているようですが、議員の中には反対派の人も多いようです。何しろ元々王国の元首が設立した国ですからね。時代にそぐわないという意味で敬遠している議員が多いということです」
「先の大戦での教訓を元に作られた組織であるという証拠ですね」
「その通りです。ただそういう意味では軍事政権によるクーデーターによって成立した我が国も部妙な立場なんですよ」
「どうしてですか? 先の大戦後、いろいろな国が独立していきました。もちろんその中には軍事クーデターも多かったと思います。それなのに、どうして我が国の軍事クーデターを微妙にする理由があるんですか?」
「独立していった国は、皆植民地時代があって、宗主国からの迫害を受けてきた。そこからの独立なので、容認されているようです。ですが我が国は体制の変革によるクーデターであり、いわゆる内乱なんですよ。我が国にもいろいろ言い分はありますが、表から内乱を見た場合には中途半端になるのは仕方のないこと。下手に調べたりすると内政干渉と言われかねない。そうなることを誰もが恐れるので、表立って批判はしないが、賛成もしかねる。そういう意味で微妙だということになるんですよ」
「よく分かりました。じゃあ、このまま我々がチャーリア国に侵攻すれば、国際社会から非難を浴びることになるというわけですか?」
「完全にそうだとは言いません。ですが、大義名分がなければ、非難されても仕方がないでしょう」
「もし、非難されればどうなりますか?」
「もちろん、我が国が宣戦布告を行ったという前提にもよりますが、諸外国がどのような立場を取るかですね。ほとんどの国が中立を宣言してしまえば、我が方は資源の面でも次第に立ち行かなくなるかも知れません。少なくともどこかに同盟国を作っておく必要があるかと思いますが、いかがでしょう?」
アレキサンダー国は、表面上の平和条約や同盟は結んでいるわけではないが、チャーリア国の母国ともいうべきアクアフリーズ国に設立した傀儡政権とは蜜月の関係であった。
「秘密条約のおうなものは存在します。そして、これが我々の切り札でもあります」
「どういうことですか?」
「先ほど申されましたように、大義名分がなければ国際社会から非難を浴びると言われましたが、その大義名分をその国が握っているんです」
「それはアクアフリーズ国にできた新政府のことですか?」
「ええ、そうです。でも、この切り札というのはもろ刃の剣でもあります。もしこちらがそのカードを切れば、相手も同じ切り札を出してくるでしょう。ただそれは相手にとっての戦争意義というだけで切り札としてはこっちの方が強いんです。だから、もしチャーリア国と戦争になるのだとすれば、それは我々が侵攻するしかないんです」
「それはチャーリア国も分かっていて、それで待ち構えているのではないですか?」
「それはあるかも知れません。何しろ彼らは国際社会に対して、自分たちが専守防衛の国であることを宣言していますからね」
「それも彼らの狙いで、ひょっとすると、相手に先手を打たれているのではありませんか?」
「そうかも知れませんが、我々にだってやり方はあります。戦略的に先手を打たれたのであれば、今度は戦術的に先手を打ってやればいいんです。相手は我々の行動をどこまで把握しているか分かりませんが、行動を起こすのはまずは我々でなければいいんです」
会議は紛糾してきた。
「それは奇襲攻撃ということですか?」
「ええ、奇襲攻撃には変わりはありませんが、わが軍を囮にして他の軍が攻め込めば、緒戦での勝機はあると思います。我々は先制攻撃を加えるわけですから、必ず期待している戦果を挙げなければいけません。そうでなければそれ以降の戦術も戦略もすべてが狂ってくるんです。そのための方法を、まず軍部で立案して我々政府で検討してみた。そしてその結果を今から皆様にプレゼンしようと多い、用意をしております」
政府高官は、そう言ってプレゼンを始めた。内容に対して誰も意義を唱えたり、途中で中断させる人もいなかった。それだけよくできたプレゼンであり、議会を全会一致で納得させるに至った。
会議はそこで終了し、解散となった。
軍部の若手と政府の若手が二人話をしていた。二人は高校時代に同期であり、お互いに政府と軍部に別れたが、お互いに学生時代までは連絡を取り合っていた仲だった。それぞれ軍や政府に所属してからは出会う機会はなかったが、卒業後出会ったのが、この最終会議だというのも実に皮肉なことだった。
二人gはお互いの出世をねぎらい合って、本当に久しぶりに会ったことを喜んでいた。
「それにしても、まさか本当に戦争になるなんて俺は思ってもいなかったよ」
と政府側の青年がそう言った。
「そんなことはないさ。俺は軍にいても政府の情報が入ってくるところにいたので、戦争が近いことはある程度分かっていた。そういう意味でお前が戦争に対してそこまで切羽詰まった考えでないことは意外だったな」
「この国の政府というのは、本当に秘密主義なんだ。それは内輪に対しても同じで、どうやらかつて内部密告があったらしく、それから同僚であっても何も言ってはならないという慣習ができあがっていた。俺はそれを当たり前だと思っていたんだ。特に軍のように機密事項が多く、その漏えいが国家存亡の危機に瀕することになるのを考えると、そんなに風通しがいいのが不思議でたまらないくらいだ」
「軍にだって規律は存在し、情報漏えいは軍法会議で死刑になりかねない重大犯罪だからな。同じことだよ」
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次