ジャスティスへのレクイエム(第2部)
シュルツ首相は、閣議では長官としての立場を強めている。さすがに最後の決議の際には首相としての立場で立ち振る舞うが、閣議においての説得力という意味では、長官としての立場が一番都合がいいことを熟知しているのだった。
チャーリア国は立憲君主国である。チャールズは元国王ではあるが、最初は大統領として、今は大総統として君臨している。大統領と大総統、言葉が違うだけだと思われがちだが、首相から見れば大総統の地位は絶対のものであった。それまでの国王に匹敵する地位を、チャールズはこのチャーリア国でも維持していた。
閣議の際では、チャールズはほとんど発言しない。それは立憲君主国での国家元首が閣議では発言しないという慣例に基づくものだが、この国では発言する余地がないほど、シュルツ首相の力が絶大だった。
この力は君主としての力ではなく、まわりを纏めるというオーラを発するカリスマ的な力だと言ってもいい。かつての独裁者にあったいい部分のカリスマ性だけを受け継いだといえば、分かりやすいかも知れない。
だからといってシュルツは独裁者ではない。上にはチャールズが控えていて、今でも呼ぶ時には、
「チャールズ様」
と呼んでいる。
もちろん、閣議などの公の場でその呼称を使うことはないが、二人だけの時にその言葉を使っているのだから、シュルツが独裁者になりえるわけはなかった。
――今でもシュルツは私に忠誠を誓ってくれているんだな――
と感じているチャールズは、シュルツに頭が上がらない自分を卑下する気持ちなどサラサラなかった。
ここが、新興国だといいながらも国際社会に認められようとする謙虚な気持ちを持つことで、国内も纏めることができているチャーリア国の魅力なのに違いない。
閣議の様子は逐次国民に公開されていたが、国家機密にかかわるような閣議は非公開とされた。
チャーリア国は立憲君主国ではありながら、意外と自由は国民の側にあったりする。民主主義でいうところの、基本的人権や教育を受ける権利は保障されている。しかし、君主は大総統であるため、主権は大総統にあるものとされる。
さらに軍部は独立していて、政府も介入できない。完全に大総統直下のものとなっている。軍部を掌握できるのは、この国ではチャールズ大総統と、シュルツ長官だけということになる。シュルツは首相でありながら長官でもあるが、その長官というのは、軍部の全権を任されているという意味で、軍部における「首相」と言ってもいいだろう。
シュルツは軍部の最優先事項として軍拡を挙げた。それにはチャールズ大総統を始めとした政府首脳も意見を唱えるものはおらず、全会一致で軍拡は承認された。だが、軍拡の主旨が専守防衛にあると知ると、反対を唱える官僚も少なくはなかった。
元々アクアフリーズ国にいた人たちは専守防衛に反対を唱えることはない。何しろ、クーデターに遭って国を追われることになったのだから、その気持ちはよく分かる。専守防衛に反対なのは、アルガン国からの「左遷組」だった。
「俺たちは、こんな腰抜けの国に左遷されたのか」
と嘆きたくなると思っている人も少なくはない。
チャーリア国を新興の大国にしたいと思っている連中は、アルガン国出身者が圧倒的に多かった。
彼らにとっては、大総統がチャールズで、首相がシュルツというのも面白くない存在だった。
「どうして、アルガン国出身者がトップにいないんだ?」
と疑問に思うのは当然で、二人は元国王と、ナンバーツーだったとはいえ、亡命者なのだ。
そんな連中にトップを任せているのだから、自分たちが左遷されたと思うのも当たり前のことで、このあたりがチャーリア国の中に潜伏している、
「アリの巣のような小さな穴」
なのかも知れない。
チャーリア国の軍拡は、シュルツが考えていたよりも遅れていた。
一年で達成するはずの計画から考えれば、六十パーセントほどしか進んでいない。これがシュルツにとっては一番の頭の痛いところであった。
「三年はアレキサンダー国がおとなしくしてくれていれば、我々には防衛するだけの自信ができるのだが」
と、三年をめどに立てていた軍拡計画だったが、実際には四年はかかってしまいそうな勢いだ。
「このままではまずいな」
とシュルツは一人悩んでいたが、あとは国境警備隊の動向を見守るしかないのが状況だった。
軍拡が進んでいないのは言うまでもない、アルガン国出身者の専守防衛に反対派の勢力によるものだった。
彼らは頭がいい。自分たちが邪魔をしているということを悟られないように事を進めることに長けている連中ばかりだった。
そんな連中だから、左遷されたのかも知れない。アルガン国としても、さすがに何十年も彼らを部下にしていれば、彼らに何らかの力があり、それが自分たち政府を阻害していることを分かっていたので、チャーリア国建国に伴い、これ幸いと左遷したのだろう。
百戦錬磨のシュルツも、まだ少ししか一緒にいないのだから、そんなことが分かるはずもない。彼らを信じるしかないと思っていたが、そこに最悪の結果が待っているなど、思いもしなかっただろう。
シュルツの考えをよそに、アルガン国出身者で構成された連中の見えない力の影響は絶大で、訳が分からないままに、軍拡が進んでいないことを悩むシュルツだった。
「私の計画がいけなかったんだろうか?」
今までにそんなことを経験したことがないだけに、シュルツは悩んだ。
今までは自分が考えていたことはほとんどうまく行っていた。遅延することもなく計画通りに進んでいたのに、今回はどこが悪いというのか、計画は完璧のはずだった。
さすがにチャールズに相談するわけにもいかず、一人で考え込んでしまっているシュルツを心配そうに見つめるチャールズは、本当に心優しい君主だったのだ。
そんなチャールズを見ながらアルガン国出身者の連中は、少し後悔の念に襲われていた。だが、そのうちに一人が、
「何を感傷に浸っているんだ。我々はあいつらのために左遷されたんだぞ。悔しさを忘れたのか」
と一喝されて、我に返った彼らは今一度、自分たちの立場を見直したのだ。
そんな中の一人にニコライという男がいた。彼はアルガン国の出身ではあるが、実際にはアルガン国を形成している民族から見れば少数民族で、小さい頃からまわりから迫害を受けていた。
ニコライのまだ幼かった頃は、まだまだ差別が横行していて、主流民族でなければまともに扱われないという時代だった。彼の父親も頭はよかったのに就職もまともにいかず、肉体労働に従事し、家族を養っていた。母親もパートに出て生計を助けていたが、やはり民族の壁はなかなか越えられず、仲間外れにされていたのが現状だった。
両親とも、家に帰ってからはそんな素振りを一切見せない。夫婦間でも自分が表で置かれている立場を口にしなかったに違いない。もちろん、子供のニコライも子供仲間から苛めに遭っていた。味方はおらずに孤立した時期もあった。今からでは信じられないが、本当にそんな時代が存在したのだ。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次