ジャスティスへのレクイエム(第2部)
それを聞いて、幕僚全員が頭を抱えた。確かにシュルツの言う通りで、もし自分たちも取り残されていたら、同じことを思っていたに違いない。
「シュルツ長官。そうなるとアクアフリーズとアレキサンダーの両国が攻めてくるのを我々が撃退しなければいけないということですよね? 二国が攻めてくるのなら、挟撃される可能性もあるんじゃないですか?」
「それはあるだろうね。アレキサンダー国の戦法と、アクアフリーズ国の戦法ではまったく違う。むしろアクアフリーズ国は我々に近い戦術だろう。ということは専守防衛の国ということになる。だから、一緒の方向から攻めてくるということはないだろう。アレキサンダー国にとってアクアフリーズ軍は、自分たちが攻め込むために相手がどのような戦法に出るかというのを研究する材料として使うのが一番なんじゃないかって思っているんじゃないかな?」
「じゃあ、アクアフリーズ国が攻めてくると考えられる方よりも、アレキサンダー国が攻めてくると思う方を固めるのが大切なことではないですか?」
「いや、私は逆だと思う。アクアフリーズ軍の中にやつらの精鋭部隊を隠していれば、こちらが正面軍と戦っている間に容易に空挺団を我が国に侵入させることができる。領空を侵犯してきたのに気付いた時は、もうすでに遅いんだよ。これは今まで他の国が攻められた時のことを考えれば分かることで、空挺団はそれほど甘いものではないということになるね」
とシュルツがいうと、幕僚たちは黙ってしまった。
シュルツは続けた。
「だからと言って、彼らに弱点がないわけではない。確かに空挺団の強さは本物なんだが、それ以外の部隊は意外とくみしやすいというものだ。わが軍でも十分に撃退できるだけの兵力だと思う。だが、空挺団は撃退するだけではダメなんだ。やつらを殲滅するだけのものがなければいけない」
「どうやって?」
と一人の幕僚が聞くと、
「我々には新兵器があるじゃないか。こんな時のために開発したんだ。相手が少数精鋭だというのも好都合。想像以上の効果をもたらしてくれるんじゃないかって思うぞ」
とシュルツは言った。
「ああ、なるほど。他の部隊は我々の軍だけで十分ですからね」
「そういうことだ」
「精鋭部隊の動きを逐次見張っていて、その動向を見逃しさえしなければ、この戦争は勝てるというわけですね」
「そうと分かれば、それを中心にした作戦を立てることもできるだろう」
「分かりました。作戦に関しましては、まず私たちが立案します」
と、参謀総長が立ち上がってそう言った。
「お願いしよう。君のその作戦に我が国の興亡が掛かっているんだからな」
「かしこまりました」
参謀総長は、アクアフリーズ王国で、唯一かつての世界大戦を知っている人物だった。
本来なら退役していてもおかしくない年齢なのだが、本人が、
「まだまだ若い者には負けません」
と、すでに六十五歳を超えているというのにまだまだ若々しい。
シュルツはその若々しさが自分たちの軍に必要なのだと、退役寸前の彼を参謀総長に据えたのだ。
「ありがとうございます。これからの私は第二の人生を第一の人生の夢のような気分で過ごすようにします」
と、平和な時代だったのでそんな会話もできたが、シュルツにはその言葉が印象的だった。
参謀総長の作戦は奇抜なものが多かったが、それは派手だという意味ではない。地道なところは地道なのだが、時々想像もつかない着眼点が見えていた。それを見てシュルツは彼を退役させない方向に導いたのだが、自分も軍部の長としてずっとやってきたシュルツにとって、参謀総長はいてくれるだけで心強さを感じた。
シュルツもそろそろ本当であれば退役の年齢に近づいてきていたが、自覚がないのは、参謀総長をずっと見てきていたからなのかも知れないと感じていた。
「年なんて、取るものじゃなく、重ねていくものですよ」
とかつて参謀総長が言っていたが、
「まったくその通りだ」
と、シュルツは思ったのだ。
その日の幕僚会議は、普段と時間が変わらなかった。臨戦態勢を取っていて、さらにアレキサンダー国の侵攻が近いと思われているわりには、まるで定例の会議であったかのような内容に、幕僚の中には、
「本当に攻めてくるのかな?」
と半信半疑の人もいた。
実は軍の中ではこういう曖昧な気持ちになっている人が一人でもいることは危機であると言われていた。だからと言って、余計な煽りを与えてしまっては、シュルツの考えを最初から否定するとも言える。シュルツとしては、軍が統制のとれた状態で行動するには、気持ちに余裕があった方がいいというのが基本原則であった。下手に煽っても、緊張した気持ちは長続きしない。だからこういう曖昧な精神状態の人も生まれてくるのだろうが、シュルツはそれも仕方のないことのように思っていた。
矛盾した状態であるのは仕方のないことで、どちらを優先させるかというのは、上層部の考え一つであった。どこの軍の上層部もこの矛盾に対して悩んでいる。シュルツとしては、どちらでもいいから態度をハッキリさせる必要があると常々思っていて、刻々と状況が変わる中で変えていかなければいけないものもたくさんあるが、このような根幹として存在している矛盾に関しては、一貫して貫けるものがなければいけないというのがシュルツの考えだった。
余裕と油断、二つの状況でシュルツは余裕を取った。油断は確かに危険であるが、戒めれば何とかなる。しかし、余裕がなければいくら戒めても伸びしろがないのだからどうしようもない。人によっては、
「油断大敵、油断を見過ごしてしまうと、取り返しのつかないことになる」
という人もいるが、シュルツはそうは思わない。
油断というのも一種の不安から来ているもの、不安を取り除いてあげれば、油断はおのずとなくなってくる。そう思うことでシュルツは軍を引き締めらると思っていた。
「だから、私も不安にならないようにしようといつも思っているんだよ」
と、腹心の部下には時々話しているが、彼らも同じことを考えているようで、だからこそ、シュルツは彼らを腹心として重用しているのだ。
アレキサンダ国は決戦の日付を決めて、攻めてくる算段をしていた。
「司令、軍の様子はいかがですか?」
と政府閣僚から声を掛けられた司令というのは、昨年まで参謀本部で参謀課長をしていた男で、今回のチャーリア国侵攻にあたって、軍司令に抜擢されたのだ。
本人は意気に感じ、真面目に戦争に当たろうと感じていた。元々真面目で忠実な男なだけに、扱いやすい男としては定評があった。
しかし、それを本人が自覚していないので、余計にまわりあら利用される恐れがあったのだが、今回の抜擢も、政府とすれば自分たちの言いなりになりそうな人事を軍に求めていたので、軍部人事がそれを忖度したと言えるだろう。
ここはチャーリア国侵攻の最終決定をするべく集められた閣議の場で、国家元首を目の前にしての、一種の、
「御前会議」
でもあった。
「わが軍は士気も旺盛で、各人自覚を持って事に当たっています。きっと皆さんのご期待に沿える活躍をお見せできると確信しております」
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次