ジャスティスへのレクイエム(第2部)
休戦中だということはアレキサンダー国にとってはありがたいことだった。戦争の準備をしていても、それは相手から受ける攻撃の防御のためとして言い訳が成立するからだ。防衛のための準備は国際法でも認められている。しかも休戦中であれば、なおさらのことだ。
だが、チャーリア国の諜報部員は、どれほどの準備かということを正確に本国に伝えていた。
「いよいよアレキサンダー国が侵攻してくるようですね」
とシュルツがいうと、
「例の兵器は使うつもりかい?」
と聞かれ、
「最初は様子を見ます。使用するとすれば、ここぞというところでの使用になりますね」
「ところで向こうに大義名分はあるのかな?」
「あるとすれば例のあれでしょう?」
「そうだな」
と二人はほくそ笑んだが、逆に「例のあれ」はチャーリア国にとっても「奥の手」として残しておくもののようだ。
アレキサンダー国では、臨戦態勢が整い始めていた。相手国はもちろんチャーリア国、作戦としては奇襲戦法での先制攻撃を足掛かりに、一気に攻めたて、相手の出鼻をくじくことで戦意を喪失させ、頃合いを見て、第三国に調停をお願いし、有利な条件で和議を結ぶというものだった。
ただ、それには最初の戦闘が奇襲でなければ意味がない。逆に言えば、最初で決まると言ってもいい。
チャーリア国の方もいつアレキサンダー国が攻めてきてもいいように臨戦態勢を保ってはいたが、奇襲攻撃に望みをかけているとは思っていなかった。正攻法でやってきて、そこを撃退するとしか考えていなかったので、アレキサンダー国の奇襲攻撃もやり方によっては成功する可能性もかなりあった。
アレキサンダー国が奇襲攻撃を掛けてこないと考えたのは、自分たちと相手との軍事バランスを考えたからだ。実際に相手が分析しているように、三年前の軍事バランスでは明らかに相手の方が優勢だった。だが、今はチャーリア国も軍事に充実してきて、発展も目覚ましかった。しかも新兵器を持っていることは心強かったのだが、それはあくまでも極秘中の極秘、実験対象になった国に輸出したのがチャーリア国であるということも秘密だった。
「アレキサンダー国は、きっと我々がまだまだ軍事には後れを取っていて、正攻法でも叩けると思っているのではないでしょうか? 彼らには精鋭部隊が存在し、精鋭部隊はパラシュートによる空挺部隊であり、先制攻撃の合間に彼らを任務に就かせることで、こちらの出鼻をくじくと考えられます。実際にこれを成功させられると、今まで彼らと戦った国は、ほぼ全滅の憂き目に遭っています。そういう意味では彼らの戦法は鉄板だと言ってもいい。だから、彼らは先制攻撃を正攻法、つまり今までのやり方でくると思われます」
軍の作戦会議で、アレキサンダー国が攻めてきた時、どのように対処するかということが話し合われた。
アレキサンダー国が攻めてくるというのは、ほぼ間違いない。後は、いつになるのか、戦法はどういうものなのか、そしてどこから攻めてこようとするのかが問題だった。
シュルツはまず部下の幕僚たちに意見を言わせて、最後に自分の意見を言うようにしていたが、今のは最初の幕僚の言った発言であり、
「他に意見を」
と議長が言っても、皆考え込んでいる様子だった。
ということは、最初の幕僚の意見と皆ほぼ同じで、考え込んでいるのは、その中でどこか補足する部分を考えていたのである。
しかし、別に付け加えるところもなく、誰もが黙っている。すでに幕僚たちの意見はこの一つにまとまっているようだ。
会議において、元々の話し合いが行われることはない。幕僚たちはそれぞれ自分の立場があり、まったく違う立場の長であることから、この会議に臨むまで、誰も相談などすることはなかったであろう。
「シュルツ長官。意見はほとんど一つだけのようですね」
と議長がシュルツに意見を求めた。
それを聞いたシュルツは、
「なるほど、皆の意見はよく分かった。私も大筋で似たようなものである。だが油断は禁物、少ないかも知れないけど、奇襲作戦の可能性も視野に入れて、専守防衛に当たってもらいたい」
と述べた。
それに対して一人の幕僚が、
「分かりました。しかし、奇襲攻撃とはどういうものなのでしょう? 彼らには空挺部隊という精鋭部隊がいて、奇襲攻撃を掛けてしまうと、彼らの立場が薄くなってしまいます。もし私が精鋭部隊の長であれば、そんな作戦を立てられた時点でやる気を削がれたような気分になります。したがって、実際の戦闘になった時、本当に精鋭部隊がその実力を発揮できるかが問題ではないでしょうか? そう思うと、却って作戦が災いするのではないかと思うんですがいかがでしょう?」
というと、シュルツはそれを聞いて、
「なるほど、それも一理あると思う。じゃあ、アレキサンダー国に忍び込ませている諜報部員に、空挺部隊の動向を探ってもらうことにしよう。ただ、やつらが攻めてくるまでにはそんなに時間はないと思っている。中途半端に終わらないようにしないといけないな」
と答えた。
「ところで例のものはどうされていますか?」
「ああ、あれはチャールズ様の屋敷の金庫の中に丁重にしまってある。気にすることはない」
アレキサンダー国が、大義名分としようとしているものであった。
「そういえば、わが祖国であるアクアフリーズ国でも、戦闘準備が進められているという話が入っております」
と別の幕僚が話をしたが、
「なるほど、傀儡政権と同盟を結んでいるので、一緒に我が国に攻めてこようという魂胆だな」
とシュルツがいうと、
「わが祖国と戦うのは気が引けます」
とその幕僚は答えた。
「確かにいくら傀儡国家とはいえ、兵士は昔の部下たちだからな。まるで同志うちのような気がしてくる。案外この感情を植え付けようとするのもアレキサンダー国の作戦なのかも知れないな」
とシュルツは看破した。
「何とか諜報活動で彼らを寝返らせることはできないものでしょうか?」
と幕僚がいうと、
「アレキサンダー国はともかく、アクアフリーズ国に諜報部員を忍び込ませることは難しいだろうな。あの国には諜報に関してのノウハウがあって、我々はそれを踏襲しているだけなんだ。だから潜入してもすぐにバレてしまう可能性があるんだよ」
「でも、傀儡国家はアレキサンダー国なんですよね? アクアフリーズ国の諜報活動の情報が漏れたりしませんか?」
「それはないと思う。アクアフリーズ国の諜報は、世界的にも知られていない。彼らもそれを分かっているので、決してアレキサンダー国に手の内を見せることはないだろう。彼らが一縷の望みを持って隠し通そうとしているのであれば、本当に隠し通せるような気がするんだ」
「だったら、我々の味方じゃないですか? 我々がアクアフリーズ国のかつての同志に連絡をつけることもできるんじゃないですか?」
「そうじゃないんだ。我々はアクアフリーズで王国が崩壊した時、アルガン国に亡命しただろう? それはまるで彼らを見捨てて自分たちだけで亡命したかのように思われているとすれば、彼らにとって我々は敵以外の何者でもないんだ」
とシュルツは言った。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次