ジャスティスへのレクイエム(第2部)
しかも、この頃になってどこから入手したのか、ネットで、
「チャーリア国のシュルツ長官は、核兵器を他国に輸出」
という記事が拡散していた。
いつのことなのかも書いていないので、まるで今のことのように想像させるが、よく考えてみれば、今の時代にそんなことをしても何のメリットもないことくらい、分かりそうなものだった。
たくさんできた連合の中で経済連合の設立に時間がかかったのは、そんな理由があったからだ。
シュルツは頭を抱えていた。そんなシュルツをチャールズは見たことがなかった。
「大丈夫か?」
と話しかけたが、
「大丈夫です。ご心配にはいりません」
と言ってシュルツは笑って見せた。
だが、実際のシュルツの悩みはもっと深いところにあった。いろいろと試行錯誤を繰り返してみたが、軍事や政治には一目置かれるシュルツだったが、経済に関してはずぶの素人に近かった。
そんな彼を救ったのがニコライだった。
ニコライも本当であれば、兵器開発だけしか能力がないように思われていたが、核開発に翳りが見えてきた時、
「少し経済の勉強でもしてみようかな?」
と軽い気持ちで勉強を始めた経済に、次第にのめり込んでいった。
元々経済と兵器開発とは似たところがあった。堂々巡りを繰り返すところなどその典型で、兵器は相手を屈服させる兵器を開発すれば、相手も同じ発想からこちらを上回ろうと研究をつづけ、ついには追い越してしまう。それがどんどんエスカレートしていたちごっこを繰り返すことになる。
経済も同じだ。価格設定も相手との駆け引きだったり、経済状態を見なければ決定できないもので、相手が引き下げたり引き上げたりすると、こちらはどの程度価格を操作すればいいかを考える。これこそいたちごっこのようではないか。
ニコライはそんないたちごっこに興味を示し、兵器開発に従事しながら、裏では経済問題に取り組み、自分の可能性を模索していた。
「この国の経済はまだまだ捨てたものではない」
と感じ、農作物に目を付けたのは、シュルツよりもむしろニコライの方が先だった。
「シュルツ長官に相談してみるか?」
とニコライが思い立ったその時が、チャーリア国の運命の分岐点だった。
チャーリア国は、農産物の輸出で今までの赤字を克服し、黒字に転じることができた。これもニコライがシュルツに話をしたことがきっかけでここまでこれたのだが、これは全世界的にも奇跡に近い状況で、まだまだ他の国は赤字に喘いでいた。
時に軍事産業を中心とした国は、その打撃も大きく、他国へ輸出するどころか、国内でも削減ムードが高まったことで、兵器を作れば作るほどの赤字という状態になっていた。
特にひどいのはアレキサンダー国だった。
元々は軍事クーデターによる軍事大国であることから、世界不況になる前はそこそこに景気が伸びていたものが、急転直下の先が見えない赤字地獄に陥っていた。
国家予算はすでに赤字、今のままでも数百年の赤字ペースが続いていくのに、さらに追い打ちをかけるように世界各国で軍縮ムードが高まっていた。
「この不況の時代に戦争なんてやってられない」
という考えだが、中には戦争でもして他国を侵略でもしなければ立ち行かない国もあるにはあった。
だが、国際社会に逆らうわけにはいかないと尻込みをしていた。どこの国も声を挙げなければ、このまま軍縮ムードで世界が覆われてしまう。
アレキサンダー国はそういうわけにはいかなかった。軍事クーデターが成功した理由の一つに、
「財源の確保」
があった。
どこで財源を確保したのかというと、そのほとんどは国内にある財閥と手を結ぶことだった。
財閥は裏で兵器開発を行っていて、秘密に兵器を輸出していた。元々の君主も分かっていて見逃していたのは、彼らの繁栄がそのまま自国の繁栄に繋がるからだ。つまりは君主からすれば財閥連中は一蓮托生だと思っていたのだ。
だが、財閥からすれば一蓮托生でもなんでもなく、ただの商売相手というだけで、軍事政権がクーデターを起こすために資金が必要だと相談を持ちかければ、彼らにとってどちらが有利かを考えた時、軍事政権に味方した方が有利だということで、彼らに資金援助していた。
もちろん、軍事クーデターは露見が命取りになるので、秘密裏に行われていたのだが、兵器の質も数も、財閥の財力にかかれば、集めることは簡単だった。
軍事クーデターは、財源的にも確保され、隅から隅まで計算尽くされた計画によって成功したのだ。
アレキサンダー国に国名が変わっても、財閥と軍事政権の間の癒着は蜜月状態で、離れることはなかった。彼らこそ一蓮托生で、どちらかが倒れればどちらかも倒れるという状況に、お互いが助け合っていた。
今回の不況ではさすがの財閥もただでは済まない。他の国の財閥は軒並み瞑れていき、政府への不満を持った群衆が、財閥も目の敵にするようになったことで、経済破綻によるクーデターも起こっていた。
アレキサンダー国も他人事ではない。
特に財閥は怖がっていた。財閥の中には、秘密裏にことを進めていくことんい不安を感じ始めているところもあった。これまでは、
「いけいけドンドン」
で先だけを見てきたところも、すでに財閥として飽和状態に陥っているところは、安定を願うようになる。
そうなると、この不況の下で国家とつるんでいると自分たちも共倒れになってしまう懸念を払拭できないでいると、保守的な勢力が台頭してくるようになる。
実際に財閥を動かしているのは、保守ではなく軍事政権と密接な団体で、彼らは保守連中ともめることがしょっちゅうだった。
ただ、保守であっても軍事団体であっても、一つ言えることは、
「戦争がなければ、この財閥はやっていけない」
ということだった。
これは国家にも言えることなのだが、今戦争を起こすというのは、時代が軍縮に傾いている時に時代を逆行することになり、国際社会から非難を浴びることは必至である。
「何とか、どこかの国と戦争状態になるか、あるいは、他の国を誘発できないか」
というのが財閥の考えだったが、
「他の国で何かが起こっても、確かに兵器は売れるかも知れないが、それだけでは不況に打ち勝つだけのパワーとなりきれない」
と軍事政権は考えていた。
「じゃあ、我が国で何かのアクションを起こして戦争に引き込みますか?」
というと、
「いや、何か策を弄して、戦争をしても我が国が非難されないようにしないといけない」
と語った。
「いい考えがあります」
というと、
「どういうものなんだい?」
「チャーリア国に侵攻するんです。あそことはこの間休戦協定を結びましたが、元々が超規模な紛争だったので、休戦協定は甘いものでしたよね。だからちょっとした口実だけでも相手国に侵攻する言い訳にはなるんですよ。何かありませんかね?」
と財閥の一人がそう言った。
「チャーリア国なら何とかなるかも知れませんね。ただそれにはアクアフリーズ国の承認がいります。今はあの国は我々が建てた傀儡国家が存在しますので、傀儡国家から発信してもらえば、こちらが攻めていく口実にはなりますよ」
と政府の高官が語った。
「何とかなるというと?」
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次