ジャスティスへのレクイエム(第2部)
何もしなければ侵略を受けるだけ。いくらアクアフリーズ王国のようにしっかりとした政治体制を持っている国でも例外ではない。どんなに大きな国であっても、列強に蝕まれてしまうと、末路は悲惨でしかない。
アクアフリーズ王国がかつて植民地としてきた国を、今ではアレキサンダー国が属国としている。属国というのは、基本的には植民地とは違う。相手の主権を認めながらお、自国に忠誠を誓わせることで、朝貢を促したり、相手に不平等条約を結ばせることでの権益、そして他の国との貿易を制限することで、宗主国としての地位を確固たるものとしているのだ。
「いまさら主従関係なんて」
と、現代人はそういうだろう。
しかし、自国の利益だけで自国を賄おうとする時代は、次第に終わりを告げようとしていた。
世界的な不況が、音を立てて押し寄せてきた。お金のある国は持ちこたえられるであろうが、お金のない国の末路は決まっていた。
「どこかの国に吸収合併されるか、侵略を重ねて、自分たちの権益の範囲を増やし、他の国に頼ることのない自給自足を叶えるかのどれかではないか?」
と言われるようになった。
侵略はかつての植民地支配の時代への逆行であるが、資源のない国は、資源に豊富な国を侵略するしか生き残る道はなかった。
吸収合併というのも、相手との力関係で、主従関係の下、自国の滅亡を意味するが、それでも国民がこぞって餓死の運命をたどるという悲惨な末路にしないための苦肉の策である。
チャーリア国もその煽りをもろに受けていた。
チャーリア国の軍事開発も縮小され、研究室は半分の人数になってしまった。あれだけ熱心だったシュルツ長官も、さすがに今回の世界的不況を憂慮していて、
「何かの手を、先手必勝で打っていかないと我が国は滅亡してしまう」
と考えていた。
最初は核兵器の輸出を真っ先に考えていたが、世界的不況の度合いが真剣であることに気付くと、さすがに核兵器の輸出を考えている場合ではない。
核を売るというのはある意味夢物語のような発想だが、現実がその甘さを認めてはくれない。目の前の産業を活性化させなければ、国家の危機を乗り越えることはできないだろう。
シュルツは軍への介入をいったんやめ、経済対策に日々を過ごすことになった。まずは自給自足のための農業に着手した。
「農業をどうしていまさら?」
とチャールズはシュルツの気持ちが分からなかった。
「元々この国には地下資源のようなものはなく、そのため重工業開発による輸出はままなりません。農産物であれば、自給自足はもちろんのこと、輸出に適うものが必ずあるはずです。その証拠にこの国のフルーツの輸出量は世界でも屈指です。それは我が国の農産物が優秀であるということの証拠です。今までは時代が安定していましたので価格は結構高めで設定していますが、その価格を下げれば、十分に産業として成り立っていけると思います。だからまずは輸出用の農産物の価格設定を正確に行って、全力で輸出に専念するのです。それがこの国を窮地から救う手段だと確信しています」
シュルツの言葉には説得力があり、チャールズも従うしかなかった。
チャールズの考えも実はあったのだが、シュルツの考えに踏襲されてしまった。ここで自分の意見を言っても、薄くなってしまいそうになるのを恐れて、
――また別の機会に話をしてみよう――
とチャールズは考えた。
シュルツの考えは当たっていた。
農産物の中心であるフルーツは、どこの国も不足していて、価格を少し下げただけで、かなりの輸出量になった。他の国は農産物の輸出に関して価格を下げることはしなかったので、価格が下がったチャーリア国のフルーツは全世界に受け入れられた。
だが、農産物の価格を勝手に下げるというのは国際ルールとしては違反だった。それは独占企業に抵触するからで、非難を浴びるのは仕方のないことではあるが、シュルツは先手必勝に掛けていたので、その後、どのような非難を浴びようと関係ないと思っていた。実際に非難が盛り上がる前に価格は元に戻していて、非難を浴びたとしても、
「価格は戻しました」
と言えば済むことだった。
非難や調停というのは、違反国を裁くのが目的ではなく、不正な値段設定であれば、元に戻すことを促す効力でしかない。だから、調停の前に値段を戻してしまうと、非難も調停も正義ではなくなり、大義を失ってしまう。実にうまく立ち回ったという意味で、チャーリア国がそれ以降非難を浴びることはなかった。
経済問題が蔓延っている間は、国際社会の中での小競り合いや紛争は中断していた。戦闘を続けるには金がいる。金が尽きてしまえば、継続することができなくなる。
その時、紛争の当事者は感じるのだ。
「何のために戦闘を繰り返しているんだろう?」
我に返ったというべきか、戦争が行われていた国同士、提携を結び、協力体制を作り上げ、戦闘や平和に関してWPCが存在するように、経済活動においても経済連合のようなものが確立された。
これを機会にして、世界で平和や経済以外でも連合がいくつも生まれたのがこの時代だった。一つのブームと言ってもいいが、実際には国家内には存在していたものである。国際社会を一つの国と考えれば、この発想はもっと前からあってもよかったのではないだろうか。
その中に政治体制ごとの連合もできたのだが、世界が大きく分けて、四つの体制に分かれることが判明した。
一つは、現代の象徴ともいえべき、民主政治だった。そしてその次が民主政治の悪いところや限界を感じた人が創造した社会主義政治である。さらにはアレキサンダー国のように革命政府が軍出身なので、軍閥政治が行われている国、そして、かつてのアクアフリーズ国のように国王が君臨している世界である。
もちろん、最後の国王が君主の国であっても、種類はいくつかあり、アレキサンダー国の独立の際のように、絶対王政の国や立憲君主の国と分かれているのも特徴だった。
チャールズ国も立憲君主の体制と言える。だが、その中には民主制が入り込んでいて、純粋な立憲君主の国というわけではない。主権は国民にあるからだった。
国民主権の国で君主が存在しているのはチャーリア国くらいのものだ。だが、国民は君主を尊敬していて、決して封建的な発想ではない。自由に生活できる国は未来が明るいと思われていたくらいだ。
だが、世の中、そんなに甘くはなかった。世界的な不況が襲ってくると、チャールズもシュルツも、国民からの非難を危なければいけなくなってくる。
「どうしてもっと早く対応してくれなかったんだ」
これが国民の総意である。
実際にシュルツには世界不況への兆しは見えていた。そのためチャールズにも相談したのだが、チャールズは、
「大丈夫さ」
と楽天的な発想しか持っていない。
危機感を感じたシュルツは世界各国の要人に訴えて、経済連合を築くように提案したが、かつての王国で執事のような経歴を持っているという情報だけを持っている他国の要人としては、
「連合の開設に反対はしないが、言い出しがシュルツだということに憂慮する」
と言って、シュルツの提案には簡単に乗ってこない。
作品名:ジャスティスへのレクイエム(第2部) 作家名:森本晃次